スキエンティア

第十二話 小夜曲

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂1♀1
時間:未計測

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミは、〝救世主〟と呼ばれることを重荷に感じながらも、オズ博士と天使憑きの少女・モニと共に暮らしている。世界の変革の第一歩、ロケットの打ち上げが明日に迫る中、メグミはウロに会うためにコグレへと向かう。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目。ニールセンの古道具屋で働きながら、オズにお弁当を運ぶのが仕事。〝救世主〟と呼ばれる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。オズとモニにだけは心を開いている。過去の記憶がなく、右目が見えていない。メグミを敵視するが……?
名前だけ登場する人物
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。天使憑きだが、自覚はない。
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。女神様のお迎えにより、スキエンティアから消えた。
メグミ

(表題)「スキエンティア 第十二話 小夜曲セレナーデ

《コグレの教会、講堂》

◆ウロ、ピアノを弾いている。

メグミ

……お上手ですね。

ウロ

メグミ

すみません、驚かせてしまいましたね。

ウロ

あなた、一体いつから……!あっ。(ピアノの傍らに置いてあるハンカチを慌てて隠す)

メグミ

あ……それ、いつだかに僕が君に差し上げたハンカチ……。
捨てて、いらっしゃらなかったんですか。

ウロ

……別にいいでしょう?私の物をどうしようと、私の勝手です。あなたには、関係ありません。それよりいつからいらっしゃったのかと、尋ねているのですが。

メグミ

結構前からいたんですけど、集中していたようなので声をかけそびれてしまいました。
ウロがピアノを弾けるだなんて、なんだか意外です。

ウロ

意外は余計です。

メグミ

この世界に来てから覚えたんですか?

ウロ

いえ……指が勝手に動くんです。おそらく以前の世界の私の、体の記憶かと。

メグミ

体の記憶……ですか。僕も戦争に行く前は、セロという楽器をやっていました。
あまりうまくはなれませんでしたけど。

ウロ

御法度ですよ、過去の話は。

メグミ

ですがここには僕とあなたしかいません。

ウロ

私に、秘密の共有者になれと?

メグミ

はい。

ウロ

いい度胸です。受けて立ちます。

メグミ

それじゃあちょっとばかし、僕の昔話に付き合っていただけますか。

ウロ

お聞きしましょう。

メグミ

ありがとうございます。
僕の元いた世界はきな臭く、祖国では兵役が義務化されていました。知っての通り僕は内向的なたちで、下手なセロばかり弾いて育ってきましたので、軍学校では当然のように落ちこぼれでした。でも、そこで出会ったリョータ──會田涼太あいだりょうただけは、そんな僕をいつもフォローし、励ましてくれたんです。彼の存在にどれだけ助けられたかわかりません。のちに親友となる彼は、肌の色こそ違えどイアンとそっくり同じ顔をしていました。

ウロ

運び屋──イアン・ワーズワースとですか。

メグミ

不思議なえにしですよね。同じ顔をした人と、別の世界でまた親しくなるなんて。
涼太はまた、幸か不幸か、僕の軍人としての能力をも開花させてくれました。誰も目を向けなかった僕の観察眼に着目し、導いてくれたんです。

ウロ

私の右目のことに気づけたのも、その観察眼あってのこと、というわけですね。

メグミ

そういうことになりますね。
兵役を終えると、僕は一年をかけて猛勉強をしました。その甲斐あって、国で唯一の音楽学校に入学するという悲願を果たすことができました。親元を離れて一人暮らしを始めたのはこの時です。しかしそれから間もなくして、世界中を巻き込む大戦が起こった。

ウロ

……戦争、というものですか。

メグミ

ええ。勿論僕も、兵士として徴収されました。悠長に音楽などやっていられる世の中ではなかった。
とはいえ、悪いことばかりというわけでもありませんでした。僕は涼太と同じ部隊に配属され、彼との再会を果たしたんです。僕たちを率いる櫻井さくらい隊長も、とても聡明で心根のいい人だった。しかし、涼太と共に戦える日々はそう長くはありませんでした。

ウロ

何が起こったんです。

メグミ

ある日、僕たちはちょっとしたミスを冒し、敵兵に追い詰められたんです。一緒にいた涼太は、僕や他の兵士たちを逃がし、その身代わりに僕が見ている前で惨殺されました。

ウロ

……。

メグミ

僕は自分を責めました。涼太が死んだのは自分が弱かったせいだと思いました。僕は一兵卒でありながら、死をも恐れず鬼神のように敵兵を虐殺する人間兵器となりました。
本当は死にたくなかったし、殺したくなかったのだと思います。だけどこのどす黒い感情を、どこへぶつければいいのかわからなかった。櫻井隊長は〝それが本当にお前の求める強さなのか〟と幾度も僕に問いました。ですが荒れ狂う僕の心に、その言葉が届くことはなかった。
あの頃の僕は、愚かでした。

ウロ

……大切な人を目の前で殺されれば、我を見失うのも仕方のないことだと思います。博士やモニがそうなったら、きっと私もあなたと同じ道を歩むでしょう。

メグミ

涼太が死んだ、その同じ戦場で、僕は敵兵にこめかみを撃ち抜かれ、スキエンティアに落とされました。そしてそこで出会ったオズ博士に、身も心も救われた。
僕の昔話はこれで終わりです。つまらない話だったでしょう。

ウロ

いいえ。あなたという人間を、少し理解できたような気がします。

メグミ

それはよかった。──ウロ。あなたも博士に救われたというような話を聞きました。僕やモニと同じように。博士と共に暮らしていた時期があったそうですね。

ウロ

救われた、というほどのことではありません。あなたは肩に深い傷を負って危険な状態でしたし、モニはまだ幼かった。私はただ酷く取り乱し、右目の視力と、過去の全てを失っていただけです。──今度は私の昔話を聞いていただけますか、メグミ。

メグミ

勿論です。

ウロ

ここに来てすぐの頃、私はケモノのように暴れたそうです。掴める物は手当たり次第に投げ、破壊し、止めようとする人たちの体に噛み付き、引っ掻きました。〝しろい〟〝こわい〟〝ひかり〟〝あつい〟〝つめたい〟──そんな言葉を繰り返していたといいます。

メグミ

以前に僕の前でも陥った、フラッシュバック、というやつですね。

ウロ

私は自分の名前も覚えていませんでした。私の悪い噂はあっという間にスキエンティア中に広まり、私はいつしかウロ、と呼ばれるようになりました。どこかの国の言葉で、からっぽ、という意味なのだそうです。私にぴったりの名だと思いました。

メグミ

ウロ〟……?それは僕の国の言葉です。君の名に、そんな意味があったなんて……。

ウロ

目覚めては暴れる私を、研究所の者たちも持て余したのでしょう。私は拘束具で身の自由を奪われました。その頃にはもう、多少は意識もありましたから、とても辛かった。舌を噛み千切って死のうとしたこともありましたが、叶いませんでした。
そんなある日のことです。私の前に、一人の老人が現れました。とても美しい白髪はくはつと、とても優しい銀色の瞳を持っていた。誰だったかは、おわかりになりますね。

メグミ

オズ、博士……。

ウロ

拘束具の隙間から、博士は皺だらけの手で私の手を握りました。そしてこう言ったんです。〝嫌な思いばかりさせてしまってすまないね。でも、この世界にだって素敵なことはたくさんある。今はからっぽでも、これからこの場所で、ウロの中をキラキラしたものでいっぱいにしていけばいい。君の早さでね〟と。私が恋に落ちた瞬間でした。

メグミ

ウロは博士に、恋をしているんですか。

ウロ

わかりません。でも、あなたのことも好きです、メグミ。

メグミ

!、……クソ野郎から、随分昇格しましたね。

ウロ

根に持つ人は嫌いです。

メグミ

えっ。

ウロ

冗談です。

メグミ

悪い冗談はよして下さい。心臓に悪いです。

ウロ

ふふっ。
ねえ、メグミ。実を言うと、この世界にロケットの設計図を持ち込んだのは私なんです。

メグミ

そうだったんですか?初耳です。

ウロ

ポケットに入っていたんです。勿論、記憶にはありません。私の、過去。あの忌まわしいフラッシュバック。見えない右目。知りたくないと思っていました。知るのはとても怖いから。ですが、向き合わなくてはならない時が来ているのかもしれないと、今は考えています。

メグミ

一歩、前進ですね。

ウロ

はい。人の心は変わるものみたいです。これは驚くべきことです。

メグミ

そうですね。ウロは変わりました。うまく言えませんが——可愛くなったと思います。からっぽって、たぶん、そんなに悪いことじゃありません。これから満たしていける、無限の可能性があるんですから。今のウロは、キラキラしたものでいっぱいです。

ウロ

恥ずかしい人ですね。

メグミ

本当のことを言ったまでですよ。

ウロ

変わりましたね、あなたも。

メグミ

どこがです?

ウロ

以前と比べて、更に厚かましくなりました。

メグミ

あはは、別に厚かましく振る舞ってたつもりはなかったんですけど。

ウロ

でも、そういうところも嫌いじゃありません。

メグミ

それはどうも。

ウロ

あなたの話を聞けてよかった。そろそろ、寝ますね。明日はきっと、スキエンティアの全ての人々にとって、記念すべき日になるでしょうから。

メグミ

ええ、そうですね。

ウロ

おやすみなさい、メグミ。

メグミ

おやすみなさい、ウロ。

メグミ(M)

僕はとても幸せな気持ちで水車小屋への帰路に着いた。時刻は既に遅く、ふと時計を見ると、じきに日付が変わろうというところだった。──8月31日。ついにProject Ozプロジェクト・オズが完遂される。僕にとって様々な意味で忘れ難い一日が、今まさに、始まろうとしていた。

to be continued.