スキエンティア

第十話 是か非か

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:未計測

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミは、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らしている。スキエンティアから消えた友人・イアン。天使憑きであることを明かすモニ。そしてProject Ozの行く末。スキエンティアに変化が、起ころうとしている。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目。手先が器用で、要領がいい。オズにお弁当を運ぶのが仕事。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。オズとモニにだけは心を開いている。過去の記憶がなく、右目が見えていない。メグミを敵視する。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。天使憑きだが、自覚はない。
No.517 モニに憑いている天使。人格は少年。モニと肉体を共有しており、失敗作として廃棄される。517番目の天使になるはずだった。人間のことを虫けらだ、害悪だと見下すが、モニのことは愛しているらしい。
フレデリック・ニールセン 53歳。いつもパイプをふかしている、古道具屋の店主。灰色の髭を口元と顎にたっぷりと蓄えている。頑固者で言動が荒く、外見もいかついが、イアンのことは実の息子のように可愛がっていた。
名前だけ登場する人物
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。女神様のお迎えにより、スキエンティアから消えた。

《ニールセンの古道具屋にて》

ニールセン

動きが遅え!もっとてきぱき動け!

メグミ

はい!

ニールセン

それはそこじゃねえ。こっちだ。一度で言ったことも覚えられねえのか!?

メグミ

す、すみません!

ニールセン

ほら、そろそろ研究所の昼飯の時間だろうが。嬢ちゃんと弁当届けに行ってこい!駆け足!

メグミ

行ってきます!

モニ

メグミ、お弁当忘れてる!

メグミ

あ……、

ニールセン

ったくおめえは、ぼけてやがんなあ。ほれ、ちゃんとオズのじいさんに届けてやれよ。

メグミ

あ、ありがとうございます!

ニールセン

気をつけて行くんだぞ。

メグミ(M)

女神様のお迎えによって、イアンがスキエンティアから姿を消し、はや数日。僕はようやくニールセンさんの古道具屋で、働かせて貰っている。

ニールセン

イアンから耳にタコができるくらい、おめえのことは頼み込まれてんだ。愛息子の最後の頼みぐれえ、聞いてやらねえとな。俺が責任持って、おめえの面倒見てやろうじゃねえの。
その代わり手は抜かねえ。しっかり働いて貰うからな、モリモト。

メグミ(M)

ニールセンさんは厳しいけど、幼いモニやお弁当配達のこともちゃんと理解してくれている。思っていたより、ずっといい人だ。だけど僕にはニールセンさんが、イアンの存在が抜け落ちた穴を、どうにかして埋め合わせようとしている気がして、ならないのだった。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第十話 是か非か」

◆メグミとモニ、舗を出て研究所に向かって歩いている。

メグミ

ふう……まだまだニールセンさんのところの仕事には慣れないなあ。でもなんか、あの人のところにいると背筋が伸びますね。気持ちまでシャキッとしますよ。弱音ばかりだった僕に、イアンがあのみせに来るように言った理由、ようやくわかったような気がします。
モニは?ニールセンさんのところはどうですか?

モニ

モニ、いろんなもの見れて、たのしい。

メグミ

それならよかった。……モニ。

モニ

うん?なあに、メグミ?

メグミ

……いえ。何でもありません、ごめんなさい。少し急ぎましょうか。

モニ

へんなメグミ。メグミはたまに、へん。

メグミ

あはは……。

メグミ(M)

天使はあれ以来、僕の前に姿を現さない。モニはいつでも、僕のよく知っているいつものモニだ。今はまだ、表へ出てこられるほどの力がないのか、それとももう、僕の前に姿を現わすつもりもないのか──人ならざる者の考えることなんて、僕には到底わからない。
人の感情さえ、汲み取ることは難しいのだから。

《研究所にて》

メグミ

博士、お弁当届けに上がりましたよー。

モニ

ナツオ、こんにちは。

オズ

ああ、ありがとう。すまないが、そこの机に置いておいてくれるかね。今、ちょっと手が離せないんだ。あとでちゃんといただくから。

メグミ

わかりました。……最近、お忙しそうですね。研究所に泊まりの日も多いですし。ちゃんとお休みになってますか?どんなに忙しくても、三食しっかり食べなくちゃだめですよ。

オズ

その辺りはきっちりしておかないと、メグミが怒るだろう?

メグミ

それは、まあ──否定はしません。

オズ

Project Ozプロジェクト・オズが佳境を迎えている。

メグミ

えっ!

オズ

ロケットの打ち上げまで秒読みだ。打ち上げの日時も、実をいうともう決まっているんだよ。まだ公にはされていないがね。まあ、そろそろ情報屋が勘づくかもしれないな。

メグミ

すごいじゃないですか……!一体いつ?

オズ

8月31日、時間は正午。
メグミとモニも是非、スキエンティアの変革の第一歩となり得る偉大な瞬間を、目に焼きつけてくれたまえ。この日はいずれ、スキエンティアの記念日となるかもしれない。

メグミ

はい!絶対、見に行きます!

モニ

ロケット、たのしみ。モニ、ロケットが飛ぶの見たことない。

メグミ

ええ、僕もです。

メグミ(M)

弾んだ声を上げる裏側で、僕は一抹の不安をも覚えていた。

No.517

〝女神様がこの世界をお創りになった本分は、過去を封じて人生を一からやり直すことではない。人間たちはこの世界から抜け出そうと足掻き続けているが、そうではないのです〟

メグミ(M)

天使の言ったあの言葉が、錆のように耳にこびりついて離れない。

モニ

……メグミ?ぼーっとしてる?

メグミ

あ、ああ、すみません。用は済みましたし、ニールセンさんの古道具屋に戻りましょうか。それでは博士、僕たちはこれで失礼します。ちゃんと休んで下さいよ。

モニ

ばいばい、ナツオ。

オズ

ああ、君たちもお務めご苦労さま。いつもすまないね。

◆メグミとモニ、立ち去る。

オズ

……ハルモニのやつめ、メグミに何か吹き込んだか。人間好きのあいつのことだ、いずれ何かしでかすだろうとは思っていたが……さて、どうしたものかね。

***

《コグレの教会》

メグミ(M)

近頃僕には、日課が一つ増えた。博士とモニが揃って水車小屋で眠りについた夜。僕は足音を忍ばせて、一人でふらり、町へ出る。足の向かう先は、イアンの秘密基地──コグレの古びた教会だ。僕は適当に腰を下ろし、ぽつりぽつりと灯る町灯りを眺めながら、いなくなってしまったイアンに、或いはこの世界の秘密に、思いを馳せる。

ウロ

……メグミ?

メグミ

わっ!……ウ、ウロ!

メグミ(M)

そういえばウロ、たまにピアノを弾きにここに来るんだったっけ。お邪魔だったかな。

ウロ

何をしているのです、こんなところで。

メグミ

えーっと……特に何かしているというわけでは、ないんですけれども。

ウロ

何も用がないのに、あなたはこんな時間にこんなところへ来るのですか?悪趣味ですね。

メグミ

いやあ……ここ、イアンの秘密基地だったんですよ。なんというか、まあ……それで。

ウロ

イアン?……ああ、あの運び屋の少年ですか。義足の。

メグミ

ええ、そうです。ああそっか、ウロはお話ししたこと、ないんでしたよね。
イアンが、言ってましたよ。ウロは取っつきづらいって。

ウロ

……なんだか、意外です。

メグミ

何がです?

ウロ

そのイアンとかいう運び屋、女神様のお迎えに導かれたと聞きました。あなた、彼と親しかったでしょう。もっと、落ち込んでいるものかと。

メグミ

はは……まあ、最初は途方に暮れましたよ。どうすればいいのか、まるでわからなかった。女神様のお迎えのことも、僕はイアンがいなくなるまで知りませんでしたから。
でも、とある人──まあ正確には人じゃないんですけど、とにかくその方の言葉で、いろいろと考えるようになりました。

ウロ

いろいろ、と言いますと?

メグミ

スキエンティアの仕組みのこととか、この世界に落とされた人々は何をすべきなのか──といったことについて、ですかね。

ウロ

……随分と小難しいことを考えるんですね。
それで、何か答えは出たんですか?

メグミ

スキエンティアの仕組みについては、正直まだまだわからないことだらけなんですけど──この世界に落とされた人々は、チャンスを与えられたのではないかと、僕は考えます。

ウロ

チャンス?

メグミ

過去の記憶がない君でさえ、過去に怯えて泣くのです。過去の記憶を有したまま落とされた僕や他の人たちが、この場所で生まれ直すことなんて、到底叶うはずがありません。どんなに掟で封じても、僕たちは誰一人として、過去の呪縛から逃れることはできない。

ウロ

それはチャンスではなく、罰なのでは?

メグミ

いいえ。もう一度やり直すチャンスではなく、自分を見つめ直すチャンスです。

ウロ

……違いがよく、わからないのですが。

メグミ

お母さんやお父さんと離れて暮らしてみて、初めてそのありがたみを知ることってあるでしょう。ああ、僕がそうだったんですけど……それと同じです。
僕たちは、決して壊すことのできない硝子の障壁によって過去と断絶され、そこで初めて過去の過ちを知り、その先に進むことができる。どう足掻いても変えられない過去を経て、それでも前に進んで欲しいと、女神様は考えていらっしゃるのではないでしょうか。

ウロ

ではどうして、私はこの世界に落とされたのですか。私には悔いる過去さえないというのに、私はここで、何を知ればいいのですか。

メグミ

それは——わかりません。

ウロ

適当なこと言うのやめて下さい。不愉快です。

メグミ

僕はつくづくあなたに嫌われていますね。

ウロ

でも、あなたの前向きな考え方は、少し素敵だと思いました、馬鹿らしくて。

メグミ

馬鹿は余計です。

ウロ

──……いえ、

メグミ

はい?

ウロ

私はもう、あなたのことをあまり嫌いではないのかもしれません。今、そう思いました。

メグミ

え、……えぇっ!?
ウロ

すぐに答えを出せることではなさそうですので、このことに関しては、私なりに分析と考察を重ねてみようと思います。私自身もまだ、私の心を計り兼ねていますので。

メグミ

は、はあ……。それは、よかった……のかな。

ウロ

私はもう研究所に戻ります。

メグミ

え、あの……何かこの場所にご用があったんじゃないんですか?

ウロ

あるにはありましたが、大したことではありません。それよりも気になることができてしまいましたので、そちらを優先しようと思います。

メグミ

……なるほど。

ウロ

今日、あなたに会えてよかったです。気づくことが、できましたから。
それでは、おやすみなさい。

メグミ

あ、はい……おやすみなさい。

◆ウロ、立ち去る。メグミ、ぼんやりとコグレの町を見下ろしている。

メグミ(M)

今、スキエンティアの様々な場所で、何かが変わろうとしている。その事実が、僕の胸をざわつかせていた。〝スキエンティアの変化の兆し〟〝スキエンティアに新たな恵みをもたらす救世主〟──わかっている。僕はそんな大層な存在ではない。あるはずがない。この変化を喜ぶべきなのか、それとも憂えるべきなのか、僕は少し惑い、そして瞳を伏せた。

to be continued.