スキエンティア

第九話 517番目の天使

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:未計測

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミは、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らしている。スキエンティアの人々の末路。それは、突然に訪れる女神様のお迎えだった。友を失い悲嘆に暮れるメグミの前で、モニは自らが天使であることを告白する。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
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メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目。手先が器用で、要領がいい。オズにお弁当を運ぶのが仕事。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。天使憑きだが、自覚はない。
No.517 天使。モニと肉体を共有している。人格は少年。
名前だけ登場する人物
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。女神様のお迎えにより、スキエンティアから消えた。
フレデリック・ニールセン 53歳。いつもパイプをふかしている、古道具屋の店主。灰色の髭を口元と顎にたっぷりと蓄えている。頑固者で言動が荒く、外見もいかついが、イアンのことは実の息子のように可愛がっていた。
メグミ

(表題)「スキエンティア 第九話 517番目の天使」

《オズと天使の出会い》

◆路傍にぼろ切れのように、少女(モニ=No.517)が行き倒れている。

オズ

……おや。こんなところに女の子?
スキエンティアの新顔かな。服も体もぼろぼろだ、こんな幼い子が……。
どれ、研究所に運んでやるとしようかね。

No.517

触るな。

オズ

No.517

ボクは天使だ。人間ごときが触れることなど許されない。

オズ

……そうは言われても、私には君の背中に、羽など見えはしないのだけれどね。

No.517

人間の作り上げた勝手なイメージを押しつけないでいただきたい。
翼を持ち、空を自由に舞う天使など居はしません。天使とはもっと機械的に、製造されるものなのです。そして天使は、必ずしも人間の言うところの善ではない。あくまでも中立の存在であり、だからこそ時に残酷だ。もしもあなたがボクに救いを求めるつもりなら、やめておいたほうがいい。ボクはあなたを救うつもりなどありません。

オズ

君が女の子の格好をしているのは何故?

No.517

それはたまたま容れ物が、少女の形をしていたというだけです。気にしてるんですから、あまり言わないで下さい。全く、女神様も乱暴なんですから。

オズ

ふむ。ということは、やはり体は私と同じ人間なんだね。

No.517

だとしたら、何だというんです。

オズ

つまり放っておけば、君の肉体は腐敗に痛み続け、死ぬこともできず、いずれは女神様のお迎えに導かれるということだ。君のその器、随分衰弱しているように見える。

No.517

バレてしまいましたか。人間といえど、どうやら愚か者ではないらしい。では、単刀直入にお願いすることにしましょう。ボクは、出来損ないの天使です。きっとこの世界に災いをもたらす。どうぞこのまま誰にも知られず、逝かせて下さい。

オズ

……言いたいことはそれだけかな。

No.517

え、……わっ!?

◆モニ(No.517)を抱き上げる。

オズ

ほら、研究所に運ぶから、つべこべ言わずにちゃんと掴まっていなさい。
私は年寄りなんだ。あまり力に自信はなくてね。

No.517

ボクを、助けるのですか。

オズ

当たり前だろう。

No.517

どうしてです。

オズ

君がまだ幼い、ただの弱った子供だからだよ。

No.517

……やっぱり馬鹿ですね、あなた。いつか後悔しますよ。

オズ

そうかもしれないね。しかし今、私は確かに君を助けたいと思った。
それ以上の理由が必要かね?

No.517

——名前、

オズ

うん?

No.517

多くの人間には名前というものがあるのでしょう?あなたの、名前は?

オズ

オズ・ナツオ。君は?

No.517

天使に名前などありません。あるのは製造の過程でつけられる個体番号だけです。
ボクは517番目の天使になるはずでした。

オズ

天使というのも、案外味気ないものだね。

No.517

そうでしょうか。

オズ

ああ。

No.517

ボクたちにはそれが至極当然のことでしたので。

オズ

よし、では私が君に名前をあげよう。

No.517

名前を?

オズ

うーん、そうだな……ハルモニ、というのはどうだろう。

No.517

ハルモニ?

オズ

調和という意味の言葉だよ。

No.517

皮肉な名前ですね。人間と天使の狭間でせめぎ合うボクが、調和……。

オズ

お気に召さなかったかね?

No.517

いいえ。ただ、まさかこのボクが人間に名を与えられるとは、思ってもみませんでした。

オズ

はっはっは!人間も天使も、地に落ちてしまえばそう大差ないということさ。
手を取り合って生きていくしかない。そういうものだろう?

No.517

──あなた、変わった人間ですね。

オズ

よく言われるよ。

No.517

でも、そういうところ、嫌いではありません。ナツオ。

オズ

それはよかった。私もなんだか君のことを気に入ってしまったよ、ハルモニ。

No.517

酷く、眠い……少し、疲れてしまったみたいです。

オズ

ああ、眠るといい。起きる頃には、全ての支度が整っていることだろう。
──おや、もう聞いていないみたいだね。よい夢を。

***

《コグレ地区にて》

メグミ

モニ、そんな……嘘だろう……?

No.517

はじめまして、と言うべきでしょうか。もっともボクの方は彼女の内側から、ずっとあなたのことを見ていたのですが。

メグミ

あなた、人間じゃなかったんですか?これは一体、どういうことなんですか。

No.517

生まれることの叶わなかった曇りない魂に、女神様がほんの少しご自身の力を分けたもうて、名もなき人の子の器に容れたもの。それがボクたち天使です。

メグミ

名もなき人の子の器?

No.517

ええ。誰からも愛されず、忘れ去られた子供。社会的に抹殺された子供です。
ボクの容れ物であるこの少女も、そうでした。

メグミ

モニが……。

No.517

ボクは、失敗作なんです。本来なら、天使憑きの子供の魂は浄化され、女神様の元へ還ります。しかし、この少女の魂は肉体に留まり、ボクたちはひとつの体に二つの自我を持つようになった。異形なんです。だからボクは不要なものとして、廃棄されました。

メグミ

それじゃあモニ、モニは……!?彼女は、どこへ行ってしまったんです!?
君とは別個の人格として、今も存在しているんですか!?

No.517

勿論です。今、彼女の意識は、ボクの力によって強制的に眠らされているに過ぎません。ボクが引っ込めば、あなたの知っているいつもの彼女に戻りますよ。その点はご安心を。ちゃんと言っておかないと、あなたはボクとまともに話もしてくれなさそうだ。

メグミ

よかった……モニは、ちゃんとモニなんですね。
あ、まさかお前、そのままモニの体を乗っ取ろうっていうんじゃないだろうな。

No.517

人間は本当に馬鹿げたことばかり考える。既に廃棄されているのに、そんなことをして何の意味があるんですか?それにボクは、この少女を愛していますから。

メグミ

愛して、いる……?人を虫けらだ、害悪だと見下すお前が、モニを?

No.517

ボクの話はこれくらいにしておきましょうか。今はもっと他に、話すべきことがあるのでは?

メグミ

そう、ですね。何から訊けばいいものか……。あの、イアンは、どこかで掟を破ってしまったから、女神様のお迎えを受けたんでしょうか。その……罰として。

No.517

掟?ああ、スキエンティアの大原則ってやつですか?

メグミ

はい。スキエンティアに落とされてから一番初めに、決して破ってはいけないと。

No.517

〝過去を語るべからず〟
〝過去を尋ねるべからず〟
〝スキエンティアに落ちること、それは再び母の懐より生まれ落ちること〟
──でしたっけ?あれは女神様とは何の関係もありません。人間たちがこの世界で心地よく在るために、勝手に作り上げたルールです。
メグミ

え、

No.517

しかしルールが組み上げられるのにも、当然ながらそれなりの理由がある。
生きているのか死んでいるのかもわからない、生と死の狭間──あなたはどうして、スキエンティアなどという曖昧な世界が存在しているのだと思いますか?

メグミ

……わかりません。

No.517

少々難解だったようですね。では質問を変えましょう。スキエンティアに落とされることは、本当にもう一度母の懐より生まれ落ちることだと、あなたは考えますか?

メグミ

それは──違うような気がします。だって僕たちは、過去の記憶を有したままこの世界に落とされるのですから。確かに僕たちはここで、もう一度多くをやり直すことができます。ですがそれは、転生とは似て非なるものだと、僕は考えます。

No.517

わかっているじゃあありませんか。あなたはどうやら人間としては賢い部類のようだ。
そう、スキエンティアで生まれ直すだなんてこと、そもそもの前提からしてかないっこないのです。世界はそうはできていない。しかし愚かな人間は、この場所に落とされてようやく、過去を悔いる。もう会えない人たちに何かを伝えたいと願ったり、己の生き様を悔やんだり、といったふうにね。だから人々は、過去の呪縛から逃れたいと願った。女神の名を騙り、冒してはならない絶対の掟を作ることで、過去を封じ込めようとしたのです。

メグミ

その気持ちは、わかります。僕もこの世界に落とされて、悔いることばかりでしたから。君が言ったように人もたくさん殺したし、何より自分の弱さが、許せなかった。

No.517

しかし、女神様がこの世界をお創りになった本分は、過去を封じて人生を一からやり直すことではない。人間たちはこの世界から抜け出そうと足掻き続けているが、そうではないのです。

メグミ

博士たちがやろうしていること──Project Ozプロジェクト・オズは間違っていると?

No.517

そんな怖い顔をしないでいただきたい。あなたも大概ですね。何も、間違っているとまでは言っていません。ナツオたちの行いは、決して無駄なものではない。それはボクが保証しましょう。自ら答えを導き出す、その行程こそが、何より大切なのですから。

メグミ

……。

No.517

──ああ、そろそろ時間のようですね。

メグミ

時間?何のことです?

No.517

なにぶんボクは出来損ないなもので、力も弱い。
表に出ていられる時間は、限られているのです。

メグミ

え……ちょっと待って下さいよ!まだ君には訊きたいことがたくさん……!

No.517

スキマの国へようこそ、メグミ。またお会いしましょう。彼女の内側から、いつもあなたのことを見守っていますよ。あなたの料理、楽しみにしています。それでは。

メグミ

待って……!

モニ

!(モニの意識が戻る)
……?、メグミ?どうしたの?

メグミ

……!

メグミ(M)

本当に、今まで僕と話していた記憶が、ない……。

メグミ

……いえ。何でもありませんよ、モニ。さあ、帰りましょう。僕たちの、家へ。

モニ

うん、帰ろ。……あれ。もうゆうやけ?

メグミ(M)

表に出ていられる時間は限られている。天使は確かにそう言った。そんなわずかな時間を割いて、天使は僕に会いに来た。そこまでして、彼は僕に何を伝えたかったのだろうか。

***

《研究所にて》

◆オズ、電話をしている。

オズ

──何?イアンのところに女神様のお迎えが?さっき、ニールセンさんから役所に届け出が。そうか……お辛いだろうな。わかった、報告ありがとう。いつも助かっているよ。またお迎えがあったら、すまないが私に連絡を頼む。それじゃ、失礼するよ。

◆オズ、電話を切る。

オズ(M)

間違いない。ここ数年、女神様のお迎えが訪れる頻度は確実に上がっている。急がなければ。スキエンティアの人々の心の平穏のために、私は何としても、Project Ozプロジェクト・オズを成功させる。させなくてはならない。私に残された時間の、全てを懸けても──。

to be continued.