スキエンティア

第八話 呪縛

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:未計測

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミ。〝救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らすこととなる。自分を嫌う研究員の女性・ウロと、少しだけ距離を縮められたメグミは、一つの決意を胸に抱くが……。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目。手先が器用で、要領がいい。オズにお弁当を運ぶのが仕事。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
フレデリック・ニールセン 53歳。いつもパイプをふかしている、古道具屋の店主。灰色の髭を口元と顎にたっぷりと蓄えている。頑固者で言動が荒く、外見もいかついが、イアンのことは実の息子のように可愛がっている。
モニの人が兼ねて下さい。人格は少年です。
名前だけ登場する人物
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。オズとモニにだけは心を開いている。過去の記憶がなく、右目が見えていない。メグミを敵視する。
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。褐色の肌に翡翠の瞳、左脚は義足。運び屋をしている。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。

《コグレ地区にて》

モニ

メグミ、ほんとにいくの?だいじょうぶ?

メグミ

ええ、大丈夫です。

モニ

ニールセンのおじさん、こわくない?

メグミ

今は怖がってる場合じゃないんですよ。負けてられないんです。ニールセンさんにも、自分自身にも──彼女にも。頑張らなくっちゃ。

モニ

がんばるのは、いいこと。

メグミ

はい、頑張ります。それにしても何だったんでしょうね、明け方の光は。この辺りから天に向かって、真っ直ぐに昇っていくように見えましたが、一瞬で消えてしまった。

モニ

御使みつかいの光。

メグミ

え?

モニ

女神様が、きたの。

メグミ

……?、まあとにかく、ニールセンさんのところに行ってみましょうか。

モニ

うん。

メグミ(M)

ウロにもっと近づけるかもしれない。その思いは僕を突き動かした。
ウロはたぶん、人知れずすごく苦しんでいて、何かに怯えながらもその向かい風に立ち向かって、踏ん張っている。そんな彼女と対等に向き合うためには、僕も同じくらい頑張らなくてはならないと思ったのだ。だから僕は手始めに、ニールセンさんの古道具屋で働かせてもらえるよう、もう一度頼み込んでみることを決意したのだった。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第八話 呪縛」

◆メグミ、古道具屋のドアを開ける。

メグミ

ごめんください!

モニ

こんにちは。

メグミ

──あれ……いない?ニールセンさん?イアン?

◆ニールセン、部屋の片隅の椅子で項垂れている。いつものパイプをふかしていない。

ニールセン

(覇気なく)……ああ、おめえか。

メグミ

うわっ、びっくりした。いらっしゃらないのかと思いました。お休みのところ急にお邪魔してすみません。どうしたんですか?そんな部屋の隅っこで。

ニールセン

……何の用だ。

メグミ

あの……こちらでお話ししませんか?そこ、暗いですし……。

ニールセン

用件を言え。

メグミ

あっ、はい!えっと、先日のお話、やっぱりもう一度考えていただけないかと思いまして、伺った次第なんですけれども……、(様子がおかしいことに気がつく)
……ニールセンさん?何か、あったんですか?

ニールセン

……。

モニ

おじさん、元気、ない?

メグミ

どこか、お悪いんですか?それでしたら、日を改めますが。

ニールセン

……どこも悪かねえよ。

メグミ

だったら、いいんですけど。

ニールセン

……。

メグミ

……なんだかやけに、静かですね。いえ、このみせはいつも静かというか落ち着いていますけど、そうじゃなくて人の気配がないといいますか……。
そういえば、イアンは?姿が見えませんけど。

ニールセン

イアンならいねえぞ。

メグミ

ああ、どこか出かけているんですか?

ニールセン

違う、そうじゃねえ。イアンはもうどこにもいねえって言ってるんだ。

メグミ

え、

ニールセン

今朝起きたら、いなくなってた。女神様のお迎えが来たんだ。

モニ

……!

メグミ

女神様の、お迎え……?

ニールセン

あの不孝もんが。俺より先に、逝っちまいやがった。

メグミ

行ってしまったって……一体、どこへ?

ニールセン

……てめえはさっきからうるせえなあ。

メグミ

はい?

ニールセン

お迎えのことも知らねえで、救世主ってか。はっ、呑気なもんだな。
(ぎりりと歯を食い縛る)……ふざけんじゃねえ。

メグミ

ニールセン、さん?

ニールセン

ふざけんじゃねえよ!(立ち上がってメグミの胸ぐらを掴む)

メグミ

モニ

おじさん、だめ!(ニールセンの足にしがみつく)

ニールセン

俺は認めねえぞ!てめえみてえなカビ臭えガキが救世主だなんて。
何が変化の兆しだ。見ろ、このクソみてえな世界は何も変わっちゃいねえ。変わっちゃいなかった!他の奴らが認めても、俺は絶対にてめえを認めねえからな!

モニ

お願い、やめて!

メグミ

落ち着いて下さい、ニールセンさん!救世主だなんて周りが勝手に言ってるだけで、僕は僕のことを救世主だなんてこれっぽっちも思ってなんか……!

ニールセン

(被せて)知らねえなら教えてやる!この世界に落とされた人間の行く末をなあ!?

モニ

おじさん……!

メグミ

行く、末……?

ニールセン

訊くがおめえ、こっちに来てから血を流したことはあるか。

メグミ

血?

ニールセン

そうだ。古傷じゃなけりゃどんな小さな傷でもいい。血を見たことはあるかと訊いてんだ。

メグミ

いえ……ありません。研究所で目覚めた時に、以前の世界で負った傷は残っていましたが、それだけです。包丁で指を切ったかと思った時も、そういえば、血は出ませんでした。
不思議に思ったものですが、気のせいかとばかり……。

ニールセン

気のせいなんかじゃねえ。この世界に落とされた人間はなあ、死ぬことを許されてねえんだ。

メグミ

え……何ですか、それ。どういう、ことですか。

ニールセン

死のうとしたって死ねやしねえ、自ら命を絶つこともできねえ。そもそも生きてるのかも定かじゃねえんだがな。できるのはただ、女神様のお迎えを待つことだけだ。いなくなるのさ。ある日、突然な。いなくなって、どこへ向かうのか──意識が消えてなくなるのか、在り続けるのかもわからねえ。この世界の奴らはなあ、いつ、どんな時も、そんな不安に怯えながら過ごしてんだよ。誰もが仮初めの死を、一度は味わっちまってるからなあ。

メグミ

何を、言って……、

ニールセン

この世界にどうして争いがないかわかるか?──怖いからだよ。どいつもこいつもうわべだけの平穏で誤魔化して、いつ訪れるかもわからねえその時から目を背けてるからだよ。だから俺たちはどんなくだらねえ足掻きにだって縋り続けるしかねえんだよオ!!!

モニ

もうやめてぇ!(泣き出す)

◆沈黙。モニの泣き声だけが響く。

ニールセン

──なあ。おめえが本当に救世主だっていうんなら……イアンを返してくれよ。

メグミ

ニールセン

俺はなあ、飲んだくれの荒くれ者でよオ。四人の息子がいたが、決していい父親じゃあなかった。もう会えないとわかって、ようやく後悔したよ。だからせめてイアンにだけは、何かしてやりたかった。あいつが抱えてる底の見えねえかなしみを、どうにかしてほどいてやりたかった。血の繋がりなんか関係ねえ。イアンは確かに、俺の息子だったんだ。

メグミ

……。

ニールセン

どうしてイアンなんだ。どうして俺を連れていってくれなかったんだ。別れの痛みなんざいやってほどわかってたはずなのに、どうしてまた人を愛しちまったんだ……!

メグミ

……っ!

ニールセン

返してくれよオ……!救世主様なんだろう!?なあ!?

メグミ

ぁ……!
モニ

もう、いやあっ……!

ニールセン

頼む……後生だから、イアンを……、(頬を涙が伝う)

◆メグミ、縋り付いてすすり泣くニールセンの肩に手を置く。

メグミ

ニールセンさん──ごめんなさい。

***

◆メグミとモニ、舗を出てとぼとぼと歩いている。

メグミ

僕は友人を二度失った。

モニ(?)

……。

メグミ

こんなことってあるか?
死してなお、生を受けた呪縛から逃れられないっていうのか。
地獄より酷いじゃないか。

モニ(?)

……。

メグミ

ああそうか、これはきっと、悪い夢なんだ。目が覚めたら、いつもの煤けた戦場が目の前にある。今よりはきっといくらか、ましな世界だ。

モニ(?)

……。

メグミ

──わかってる、これは夢なんかじゃない。
救世主だなんて、とんだお笑いぐさだ。僕は、無力だ……。なあ、モニ。一体僕に何をしろっていうんだ?どうして僕はこの世界に落とされたんだ?

モニ(?)

〝枯れないの。モニたちとおんなじ〟

メグミ

え、

モニ(?)

〝ずっとあったかい。ずっとお天気。だけどお水も涸れない。
 ここではみんな枯れないの。だけどずっとあるわけじゃない〟
──そう言ったよね。

メグミ

……モニ?

モニ(?)

おかしいと思わなかった?こんな小さな、閉ざされた世界で、だけど君のような人間はどんどん落とされてくる。それなのに人口は飽和することなく、スキエンティアは遥か昔から均衡を保ち続けている。イアンの秘密基地──あの教会、すごく古かっただろう?

メグミ

モニ、何を言ってるんです?一体、どうしてしまったんですか?

モニ(?)

人が増えれば均衡が崩れる。争いが起きる。だからね、女神様は気まぐれに間引くんですよ。蟻のように無様に溢れ返った人間をね。

メグミ

は……?

モニ(?)

つまりね、これは女神様のお慈悲なんです。決して悪いことじゃあない。むしろこの世界のための采配なんですよ。わかっていただけますね。

メグミ

──間引くなんて言葉、人に使っていいものじゃない。

モニ(?)

綺麗事です。あなただって散々、人を殺してきたじゃあないですか。

メグミ

そういうことを言ってるんじゃない!

モニ(?)

同じです。争い、奪い合うはずだったその役目を、女神様が代わりに引き受けて下さっているだけだ。自らの手を汚すのは辛いでしょう?あなたは女神様に感謝こそすれど、物申すなど到底叶うことではない。世界に巣食う害悪、おこがましい人間のエゴだ。

メグミ

モニ……あなた、本気で言っているんですか。

モニ(?)

……。(微笑んでいる)

メグミ

いや、違う。モニじゃ、ない。お前は……誰だ?

モニ(?)

ボクは、天使です。

メグミ

天、使……?

to be continued.