スキエンティア

第七話 小さなピクニック

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂1♀2
時間:未計測

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミ。〝救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らすこととなる。自分を嫌う研究員の女性・ウロが奏でるさびしげなピアノの音色に、複雑な思いを抱くメグミは……。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目。手先が器用で、要領がいい。オズにお弁当を運ぶのが仕事。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。オズとモニにだけは心を開いている。過去の記憶がなく、右目が見えていない。メグミを敵視する。

《研究所にて》

メグミ

はあ……何度来ても、ここの階段はハードですね。おまけに博士、いつもどこにいるかわかったものじゃないし。鍛えていたはずなんですけど、少し体がなまってきたかなあ……?
モニ、大丈夫ですか?もっとゆっくり上ってもいいんですよ?

モニ

モニ、がんばる。

メグミ

モニはしっかり者ですね。僕もおちおち弱音を吐いていられませんよ。……あ。

◆ウロと鉢合わせる。

ウロ

モニ

ウロ!

ウロ

……あら、こんにちは、モニ。今日もちゃんとお弁当を届けに来て偉いのね。

モニ

からだ、もうへいき?どこも痛くない?

ウロ

ええ、大丈夫よ。心配いらないわ。ありがとう。
……。(メグミと気まずい)

メグミ

あー……こんにちは、ウロ。今日もお務めご苦労さまです。また会ってしまいましたね、すみません。ほら、行きますよ、モニ。お仕事の邪魔になります。

モニ

あ……うん。

◆メグミ、そそくさとウロの脇を通り抜けようとする。

ウロ

──あ、あの!

メグミ

は、はいっ!?

ウロ

少し、お話ししたいことが……その、できれば、二人で。
モニにも、外していただきたいのですが。

メグミ

あ、ええ……構いませんが。モニ、先に行って博士にお弁当を届けておいてくれますか?

モニ

わかった。モニ、届けておくね。

◆モニ、立ち去る。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第七話 小さなピクニック」

メグミ

──珍しいですね。君が僕と二人になりたがるなんて。さすがにモニの前で、もうあんな醜態は晒せない、とでもいったところですか?

ウロ

いえ、そうではなく……不本意ながらあなたに一つ、頼みたいことが。

メグミ

君が僕に、頼み事?

ウロ

あなたが気づいてしまった、私の右目のことです。

メグミ

ああ……。

ウロ

誰かに、話したりされましたか。

メグミ

いえ、誰にも。

ウロ

あれから少し、考えました。結果、こうした形を取るのが最善であるという結論に至りました。私の右目の視力のことを知る人は、スキエンティアで他に一人もいません。博士にもモニにも、このことは話していません。知っているのは、あなただけなんです。

メグミ

何故、博士やモニにも話していないんです?君にとって、大事な人たちのはずでしょう。

モニ

それをこれからお話ししようと思います。

メグミ

……お聞きします。

ウロ

まず初めに知っておいていただきたいのは、私には、スキエンティアに落とされる以前の記憶がないということです。覚えていることは何一つとしてありません。欠落しています。

メグミ

ええ。失礼ながら、君が眠っている間に博士に聞いてしまいました。すみません。

ウロ

別に構いません。ただ、見えないこの右目──これは何か、私の過去に繋がる、重大な手がかりのような気がしてならないのです。そして私は自分の過去を知るのが、怖い。誰にも触れられたくないのです。思い出す、きっかけになってしまうかもしれませんから。

メグミ

だから、他の誰にも知られず、隠し通しておきたいと?

ウロ

勝手なことを言っているのはわかっています。私はあなたに、酷い態度ばかり取り続けてきてしまいました。でもどうかこのことだけは、他の誰にも、博士やモニにも言わずに、あなたの胸だけに留めておいて欲しいのです。お願いします。(頭を下げる)

◆沈黙

メグミ

……ウロ。どうか顔を上げて下さい。君にそんなふうにしおらしくされると、僕の調子が狂ってしまいます。大丈夫ですよ。他人の事情を勝手に言いふらすほど、野暮じゃありません。君のプライバシーに踏み込むつもりもありませんから、安心して下さい。

ウロ

(顔を上げる)それじゃあ……、

メグミ

誰かに言ったりなんて、するわけないでしょう。ウロは意外と、気にしいなんですね。

ウロ

……あなたに一つ、借りを作ってしまいました。

メグミ

あははっ、今回の件は、せいぜいうまく利用させてもらいますよ。
君の弱みを握れて、僕としてはラッキーです。

ウロ

ふふっ……ありがとうございます。なんだか拍子抜けしてしまいました。私はあなたが嫌いですが、もしかすると私が思っているより、あなたはいい人なのかもしれませんね。

メグミ

……!

ウロ

お時間を取らせてしまってすみませんでした。それでは、私はこれで。

◆ウロ、立ち去ろうとする。

***

◆コグレの教会。ウロが奏でるピアノの音色。

モニ

ウロの音は、わかるよ。すごくきれいで、やさしくて、さびしいから。

***

メグミ

……ウロ!

ウロ

はい?(振り返る)

メグミ

えーっと……その、ですね。あー……。

ウロ

……一体何ですか?煩わしい。用件は手短かに、と以前にも申し上げたはずですが。

メグミ

あ、ですから、その……明日!一緒にごはん、食べませんか!

ウロ

……は?

メグミ

ピクニック!ピクニック、しましょう!

ウロ

……おっしゃっている意味が、よくわからないのですが。頭でも打ったのですか?でしたら医務室に行くことをお勧めします。場所はおわかりになりますか?

メグミ

ああ、勿論モニも一緒に……!研究所の休憩時間、間に合うように来ますから……!

ウロ

あなたには、博士にお弁当を届ける、という義務があるはずでしょう。
私に構っている時間などないと思うのですが。

メグミ

博士に頼んで、明日は朝作ったのを持っていってもらいます!ウロのためだったら、博士も許して下さると思いますし……!もしだめでも、言いくるめます!

ウロ

そもそも何故私が、嫌いな人と一緒に食事を取らなければならないのですか。
その行為に、何の意義も見出すことができません。

メグミ

こ……これは君の頼みを聞く対価です!右目の秘密、ばらしてもいいんですか?

ウロ

……あなたやっぱり、性格悪いです。

メグミ

ああああ、ごめんなさい!違う、そうじゃなくて……!つまり、ですね!
君のことを、もっと知りたいと思いました!

ウロ

メグミ

明日!女神の泉で待っていますから!三人でピクニック、しましょう!
忘れないで下さいね。それじゃあ……!

◆メグミ、逃げるように立ち去る。ウロ、呆然とそれを見送る。

ウロ

知りたい?私のことを……?
──おかしな人。私には、何もないのに。
からっぽ、なのに……。

◆メグミ、螺旋階段を駆け上っている。

メグミ(M)

うわあああ、言ってしまった、言ってしまった……!どうしよう、ものすごく恥ずかしいことを、口走ってしまった気がする……!

モニ

メグミ?

メグミ

うわあっ!?

モニ

お弁当、届けたよ。ナツオにウロのこと言ったら、今日はメグミ、来なくてもだいじょうぶだって。……どうしたの?顔、すごく赤い。ウロと何か、あった?

メグミ

べ、別にそういうわけでは……いや、確かに何か、ありましたね。
モニ。明日はちょっと、楽しいことがありそうですよ。

モニ

たのしい、こと?

***

《翌日、女神の泉にて》

メグミ(M)

本当に、この時が、来てしまった……!
あ〜〜〜ウロさん、ちゃんと来てくれるかなあ?あ、さんは付けちゃいけないんだっけ。結局まともに返事も聞かずに逃げ出してきちゃったし……。まあ博士の後押しがあるから、大丈夫だとは思うけど……。博士ってば、すっかりその気になってからかってくれちゃって。僕がウロに嫌われているのは変わりないし、そんなんじゃないのに……。

モニ

あ。メグミ、あそこ。ウロ、来たよ。

メグミ

へ!?あ、え、もう!?

モニ

……今日のメグミ、なんか、へん。昨日も、へんだった。どうして?

メグミ

そ、そんなことありませんよ!……あ。

ウロ

……こんにちは。

メグミ

ど、どうも。

モニ

こんにちは、ウロ。

ウロ

今日も会えて嬉しいわ、モニ。

モニ

モニも、うれしい。

メグミ

き、来て下さったんですね、ありがとうございます。
それじゃ、座りましょうか。

モニ

ウロ、こっち。

ウロ

ありがとう。

メグミ(M)

モニがいてくれてよかった……!二人だったらとてもじゃないけど間がもたない……!

モニ

メグミ?どうしたの?

メグミ

あ、ああ、すみません。今、用意しますね。

モニ

メグミ、やっぱりへん……。あぶない、あやしい、いけないひと……?

ウロ

彼が珍妙なのはいつものことでしょう。

メグミ

(鞄を漁りながら)そこ、うるさいですよ。──はい、どうぞ。

ウロ

……?、なんでしょう、これは。

メグミ

お弁当です、ウロのぶんの。ピクニックにお弁当は付き物でしょう。はい、モニも。

モニ

ありがと、メグミ。

ウロ

……私はいりません。

メグミ

でももう作ってしまいました。僕もモニも二人分は食べられませんし、君しか食べてくれる人、いないのですが……あ、(ウロにお弁当を奪い取られる)

ウロ

勘違いしないで下さいね。食材が勿体ないので、仕方なく食べるだけです。

メグミ

わかってますよ。

モニ

いただきます。ね、ウロも。

ウロ

え、ええ、そうね。いただき、ます。
!、——おいしい。

メグミ

それはよかったです。

ウロ

このお弁当、全部あなたが?

メグミ

ええ、まあ。

ウロ

料理、お上手なんですね。

モニ

メグミは料理、すっごく上手だよ。魔法の手。モニもナツオもメグミの料理、すき。食べると、しあわせになる。ウロはメグミの料理、すき?

ウロ

……彼の料理は、悪くありません。

メグミ

大袈裟だなあ、慣れているだけですよ。ウロは普段の食事、どうしているんですか?

ウロ

私はここに来た時から、ほとんどずっと研究所に住み込みで働いていますので、食事はカップラーメンとか、缶詰とか、そんなのばかりです。

メグミ

——家は、ないんですか?

モニ

ウロ

帰る場所は持たないことにしています。

メグミ

どうしてです?

ウロ

帰りたくなってしまうからですよ。

メグミ

……よくわかりません。

ウロ

わからない方がいいのだと思います。私にとってはあの研究所が、そしてProject Ozプロジェクト・オズの成功が、スキエンティアの全てなのです。

メグミ

それに関しては、僕に理解できる範疇を越えています。ですがとにかく、そんな食事ばかりでは体によくありませんよ。料理とか、しないんですか?

ウロ

料理は苦手です。研究所にも厨房はあるのですが、三度ほどボヤ騒ぎを起こして、出入り禁止を言い渡されました。これは私に非がありますので、仕方のないことだと思います。
ちなみに給湯室は大丈夫です。お湯は問題なく使えます。

メグミ

……なるほど。

モニ

ソトバにいたころも、ウロの料理、ひどかった。

ウロ

ちょ、ちょっと、モニ……!

メグミ

黒コゲ、とかですか?

モニ

台所、爆発した。

メグミ

え……、

メグミ(M)

奇妙な三人の小さなピクニックは、和やかに過ぎていった。気づけば僕の身も心も、すっかり強張りを忘れていて、楽しくも刹那の時間はあっという間だった。

ウロ

(立ち上がって)ごちそうさまでした。今日は誘って下さってありがとうございます。私はそろそろ、研究所に戻ります。

メグミ

こちらこそ、ご一緒できて楽しかったです。

ウロ

またしましょうね、ピクニック。今度は博士も一緒に。

メグミ

っ、はい!

モニ

ばいばい、ウロ。

ウロ

ええ、モニ。……それではまた、〝メグミ〟

メグミ

……!、また一緒にごはん食べましょうね、ウロ。約束ですよ。

ウロ

(微笑んで、踵を返す)

メグミ(M)

遠ざかっていく後ろ姿を眺めながら、僕の気分は弾んでいた。
ウロは案外、普通の女性なのかもしれない。もっと仲良く、なれるかもしれない。そんなまばゆい予感で胸がいっぱいだった。だからその時は、気づきようがなかったのだ。気づけるはずもなかった。この閉ざされた世界のさだめ。かなしい、仕組みに。

to be continued.