スキエンティア

第六話 二つの月が重なる日

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂3♀1
時間:約15分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミ。〝救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らすこととなる。職に就くことを望むメグミにオズが与えた役割は、モニと共に研究所にお弁当を届けることだったが……。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目過ぎるきらいがある。手先が器用で、要領がいい。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装うも、自分を嫌うウロに対してはやや毒舌。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。褐色の肌に翡翠の瞳、左脚は義足。運び屋をしている。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。
フレデリック・ニールセン 53歳。いつもパイプをふかしている、古道具屋の店主。灰色の髭を口元と顎にたっぷりと蓄えている。頑固者で言動が荒く、外見もいかついが、イアンのことは実の息子のように可愛がっている。
名前だけ登場する人物
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。オズとモニにだけは心を開いている。過去の記憶がなく、右目が見えていない。メグミを敵視する。

《水車小屋にて》

オズ

──で、みんな働いているのに自分だけお弁当係に甘んじているという今の状況にはやっぱり納得がいかないから、ちゃんとした仕事に就きたい、と。

メグミ

はい。

モニ

……。(地べたで絵を描きながら、オズとメグミの様子を伺っている)

オズ

だめだ。

メグミ

なっ……どうしてですか! ちゃんと理由を説明して下さい、理由を!

オズ

前にも言ったろう? モニをこの家に一人で置いておくわけにはいかない。それに私の昼食はどうなる? 約束を破るのかね?

モニ

モニ、一人でも大丈夫だよ。お弁当、届けられるよ。おやつ、なくても大丈夫だよ。

オズ

ああもう、モニはちょっと黙ってなさい。話がややこしくなる。

モニ

う……、ごめんなさい。

メグミ

モニのことはっ……そりゃあ僕も、一人にしてはいけないと思います。何かあった時、困りますから。でも、それは……なんとかします!

オズ

なんとかっていったって、何か心算はあるのかね? 何の腹積もりもなく言っているのであれば、私は君に少々の呆れを抱かざるを得ないよ。 君はもう少し賢い子だと思っていたんだがね、メグミ?

メグミ

モニのことも置いて貰える場所で働きます! モニの性格だったら、仕事中もおとなしくしていてくれるでしょうし。モニはいい子ですから、何も心配はないかと。町の人たちだってわかってくれるはずです、博士は今までモニのこと、ほったらかしてたんでしょう?

モニ

モニ、いい子にしてるよ。メグミのいうこと、ちゃんときくよ。ね、ナツオ。メグミのお願い、きいてあげて?

メグミ

ほら! モニもこう言ってますし! それにお弁当だって、休憩時間に足を伸ばして博士に届けるようにしますから! それだったら約束も守れるし、文句はないでしょう?

オズ

(ため息)……全く、そこまでして働きたいものかねえ。

メグミ

働きたいです! じっとしてるのは性に合わないんです! 僕だけ養われてるのは嫌なんです!

オズ

わかった、わかった。そこまで言うなら、私も折れよう。

メグミ

それじゃあ……!

オズ

ただし今回も、条件がある。

メグミ

え、また条件ですか? まあいいでしょう、何だって聞いてみせますよ!

オズ

後悔しないかね?

メグミ

し、しませんよ。

オズ

よし、それじゃあメグミ。君の職場は、ニールセンさんの古道具屋だ。

メグミ

……は?

オズ

あのみせ以外で働くことは認めない。いいね?

メグミ

──え、いや……! そんなの無理に決まってるじゃないですか!

オズ

おや。何でも聞く、というのは口から出まかせだったのかね? 嘘をつくのはあまり感心しないなあ、メグミ?

メグミ

確かにそう言いはしましたけど、それは言葉の綾で……! 僕があの人にどれだけ嫌われているか、博士だってご存じのはずでしょう? っていうか僕のこと嫌いな人、多いな……。とにかく、モニのことは置いてくれるかもしれませんけど、僕は……!

オズ

もう異論は認めないよ。ニールセンさんの古道具屋以外で働くことは、君が何と言おうとこの家のあるじである私が許さない。知っての通り、私はなかなか頑固な性分でね。話は以上だ。これからどうするか、あとはメグミが自分で決めなさい。

メグミ

……わかり、ました。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第六話 二つの月が重なる日」

《コグレ地区にて》

メグミ

──って言われて、町に出てみたはいいもののなあ。とてもじゃないけど、ニールセンさんとまともに会話できる気がしませんよ……。

モニ

メグミ、ニールセンのおじさん、きらい?

メグミ

(苦笑して)いや、僕自身は嫌いというわけではないんですけど……苦手、というのが一番適切ですかね。僕の方は間違いなく、彼に嫌われているでしょうし。

モニ

ニールセンのおじさん、ちょっと顔こわいけど、いい人だよ。メグミならきっと、うまくいく。

メグミ

あはは、だといいんですけど……。とりあえず、話すだけ話しにいってみますよ。今日は二つの月が重なって、一つになる日──女神様がお休みになる祭日ですから、時間くらいは取ってくれるでしょう。ついてきてくれてありがとうございます、モニ。

モニ

メグミの役に立てるなら、モニ、うれしい。

メグミ(M)

正直なところ、僕がニールセンさんの古道具屋で働くことに抵抗を覚える理由はもう一つある。イアンの存在だ。別にイアンのことが嫌なわけではない。むしろ友人として、親しみすら覚えているくらいだ。ただ、彼はあまりにも僕の死んだ親友──リョータに生き写しで。顔を合わせると複雑な気持ちを抱かずにはいられないのは、確かなのだった。

◆メグミ、古道具屋のドアを開ける。

メグミ

ごめんくださーい……。

モニ

こんにちは。

ニールセン

おう、らっしゃい。……って、なんだ。おめえか。

メグミ

す、すみません……。

メグミ(M)

って、なんで謝ってるんだ、僕ー!!!

ニールセン

何しに来た? うちの舗とイアンにそのカビうつしてくれるなって、釘刺しといたはずだが?

メグミ

えっと、あの……今日は、お願いがあって来ました!

ニールセン

お願い、だあ?何だ、言ってみろ。

メグミ

ここで、働かせて下さい!

ニールセン

断る。

メグミ(M)

ですよねー!!!

ニールセン

(パイプをふかす)……オズのじいさんの差し金か?

メグミ

あ、えっと、まあ……そういうことになりますね。僕がどうしてもちゃんとした職に就きたいと言ったら、ニールセンさんの古道具屋以外で働くのは認めないと言われてしまいまして……。僕も家に置いて貰っている身ですから、断ることもできず……。

ニールセン

ったく、あのじいさんも悪趣味なお遊戯を思いつくもんだ。何考えてるんだか、まるでわかりゃしねえ。人畜無害な素振りで、大したもんだよ。食えねえご老人だな。

モニ

メグミ、ここで働けないの?

メグミ

え……ああ、いいんですよ、モニ。こうなることは元からわかっていたようなものですから。

モニ

ニールセンのおじさん。メグミをここで、働かせてあげて? モニ、ちゃんといい子にしてるから。お願い。

メグミ

モ、モニ……!

ニールセン

ぐっ……! いくら嬢ちゃんの頼みでも、だめなもんはだめだ! うちにはもうイアンがいる。人手は足りてるんでな。

◆舗の二階からイアンが下りてくる。

イアン

あれ? メグミ?

メグミ

あ、イアン……!

モニ

こんにちは、イアン。

イアン

よっす。何だ、二人とも来てたのか! 今日はどうしたー?
って、なんか険悪なカンジ?

ニールセン

帰んな、ガキ。俺から言うことはもう何もねえ。

メグミ

は、はい……。それじゃあイアン、また……、わっ!?(イアンに腕を掴まれる)

イアン

おやっさん! 俺ちょっと、こいつと出かけてくっから!

メグミ

イ、イアン!?

ニールセン

イアン。そんなのとつるむんじゃねえって言ったはずだぞ。

イアン

別にいいじゃねえか。休みの日をどう過ごそうと、俺の勝手だろ?
そんじゃ行こうぜ、メグミ。勿論モニもな。

モニ

イアン……!?

イアン

いーからいーから。

◆メグミとモニを引きずり、有無を言わさず舗の外へ。

ニールセン

こらぁっ! 待ちやがれ、イアン!

イアン

晩飯までには帰るからよー! そんじゃ、行ってくるわー!
へへっ、やってやったやってやった。

メグミ

だ、大丈夫なんですか?あんな無理やり飛び出してきて。

イアン

ん? ああ、だいじょぶだいじょぶ! あとで俺がちょっとおやっさんにどやされるだけだから。

メグミ

それは大丈夫とは言わないのでは……。

モニ

イアン、どこ行くの?

メグミ

せっかく二人がコグレまで足を伸ばしてくれたからな。それに今日は女神様の祭日、時間もたっぷりある。俺の秘密基地に、案内してやるよ!

メグミ モニ

秘密基地?

***

メグミ(M)

イアンの秘密基地。それはコグレの外れの小高い丘にある、古びた教会だった。

モニ

きれいな、場所……。

メグミ

驚きました……。コグレにこんなところが、あったんですね……。

イアン

小さいけど、悪かねえだろ?今はもう誰も使ってねえんだ。女神様を祀ってたみたいだけどな。こっから見下ろすコグレの町が、俺は好きでよ。まあ、適当に座ろうぜ。

メグミ

は、はい。それでは、失礼します。(腰を下ろす)
……モニ?座らないんですか?

モニ

モニ、この場所、すき。(教会に見蕩れたまま、立ち尽くしている)

イアン

ははっ、どうやらモニは俺の秘密基地、気に入ってくれたみたいだな。……で?

メグミ

え?

イアン

え? じゃねえよ。おやっさんと、何かあったんだろ?話してみろよ。友達だろ?

メグミ(M)

白い歯を見せて笑う笑顔は、やはりリョータをそっくりそのまま写したかのようで──僕はあの複雑な感情を抱かずには、いられないのだった。

イアン

……ふーん、なるほどねえ。それでおやっさんに、軽くあしらわれた、と。

メグミ

すみません。あそこはイアンの場所でもあるのに、いないところで勝手なことをして。

イアン

気にすんなって。俺はおやっさんに養って貰ってるだけで、舗の手伝いもほとんどしてねえし、本業は運び屋の方だしな。それにメグミと一緒なら、俺は嬉しいよ。

メグミ

でも、それじゃあ、人手が足りてるっていうのは……。

イアン

うーん……ま、言い訳だろうな。

メグミ

やっぱり……。

イアン

そう落ち込むなって。俺からもメグミのこと、頼み込んでみるからよ。なんだかんだいっておやっさん、俺には甘いから。

メグミ

イアンはニールセンさんに、気に入られているんですね。

イアン

ああ、今はな。

メグミ

今は?

イアン

昔はそりゃあもう酷かったんだぜぇ? 俺がおやっさんに引き取られる前! それこそメグミとおんなじような扱い受けてたよ。

メグミ

……イアンはどうして、ニールセンさんと一緒に生活を?

イアン

俺も最初は、一人暮らししてたんだ。でも、俺は運び屋、おやっさんは古道具屋だろ? 仕事柄、否が応でも顔合わせる機会が多くてさ。しょっちゅういがみ合ってるうちに、一緒に暮らさないかって向こうから声かけてきた。理由は知らねえ。

メグミ

なるほど……。

モニ

!(はっと何かに気づく)

メグミ

モニ?どうかしましたか?

モニ

ウロ……。

メグミ

はい?

モニ

ウロの音が、する。

メグミ

え、ウロ? ウロってあの、エメラルド・シティのウロですか?

モニ

ねえほら、メグミもよく聞いて? 音、音がするの。ウロの音……!

メグミ

わ、わかりましたから、落ち着いて……!(耳を澄ませる)……ほんとだ。これ、ピアノの音? 一体どこから……、

イアン

すげえなモニ、どうしてウロさんが弾いてるってわかったんだ?

メグミ

へっ!? ほんとにウロなんですか!?

イアン

いやあ、この教会の中にピアノがあってさ、あの人、たまにそこで弾いてるんだよ。こうして聞こえてくる音色も、この秘密基地の醍醐味、っつうの?贅沢だよなあ。

メグミ

あの人、ピアノなんて弾けたんだ……。モニ、どうしてウロが弾いてるってわかったんです?

モニ

ウロの音は、わかるよ。すごくきれいで、やさしくて、さびしいから。

メグミ

さびしい……。

イアン

ああ。ウロさんってなんか取っつきづらくて、見かけることはあっても話したことは一度もないんだけどさ、俺もあの人の音は、好きだよ。

モニ

うん。モニもウロの音、すき。

メグミ(M)

その音色は確かに、とても美しかった。氷のように冷たいあの人が奏でているとは、思えないくらいに。一つに重なった月の下、茜色に染まりゆくコグレの町を見下ろしながら、僕たちはしばしのあいだ、その小さな演奏会に耳を澄ませたのだった。

to be continued.