スキエンティア

第五話 フラッシュバック

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀2
時間:約16分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミ。〝救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らすこととなる。職に就くことを望むメグミにオズが与えた役割は、モニと共に研究所にお弁当を届けることだった。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目過ぎるきらいを仲間たちにからかわれるようなたちの青年だった。手先が器用で、要領がいい。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装っているが……。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。誰に対しても素っ気ないが、オズには心を開いている様子。メグミを敵視する。

《研究所にて》

メグミ

(こわごわと)こんにちはー……。

モニ

こんにちは。

研究員

よう、メグミにモニちゃん。今日も博士にお弁当の配達かい?

メグミ

え、ええ、まあ……。

研究員

毎日毎日、まめなこったねえ。
モニちゃんも、まだ小さいのに大したもんだ。(モニの頭を撫でる)

モニ

……モニ、小さくない。

メグミ

あの、博士は……、

研究員

ああ、博士なら今日はエンジン系統の整備に当たってると思うよ。

メグミ

わ、わかりました!

研究員

あはは、相変わらずウロから逃げて回ってんのかい?

メグミ

仕方ないじゃないですか……。あれだけ嫌われちゃってるんですもん、怖いものは怖いですよ。理由がはっきりしてるならまだしも、彼女の場合言いがかりみたいなものですし。

研究員

うーん、ウロはぶあいそだからなあ。俺もあんまり、得意ではないし。まあ、うっかり鉢合わせたりしないように祈ってるよ。あの子は神出鬼没だからね。

メグミ

ありがとうございます。
はあ……。全く博士も何だってこんなことを言い出したんだろう。これじゃ僕の胃痛が酷くなる一方ですよ。毎日毎日こんなに冷や冷やさせられて……。

モニ

メグミ、もう行こ。

メグミ

あ、ああ、すみません。ちゃちゃっと行ってお弁当、博士に届けちゃいましょう。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第五話 フラッシュバック」

メグミ

えーっと、エンジン系統っていうと、確かこっちの方でしたよね。
モニ、行きますよ……って……、(絶句)

モニ

メグミ? どうかした?

メグミ(M)

やばい、恐れていたことがついに起こってしまった。向こうからやって来るあのシルエットは……間違いない、ウロさん! このままだと正面切ってばったり鉢合わせに……!

モニ

……!

◆モニ、ウロに向かって真っ直ぐに駆け出す。

メグミ

って、モニ!?

モニ

ウロ!(ウロに飛び付く)

ウロ

あらモニ! よく来たわね。

メグミ(M)

えええー!? ウロさん、めっちゃ笑顔!?

モニ

メグミと、一緒だったから。

ウロ

そうだったの。

メグミ(M)

──あれ? これはもしかして、もしかすると、ウロさん、僕にもちょっとは優しくなってるんじゃあ……。

メグミ

こ……こんにちは、ウロさん。

ウロ

こんにちは、クソ野郎。

メグミ(M)

全然そんなことなかったー!!!

メグミ

え、えーっと……ちょっと、お久しぶりですね。

ウロ

そうですね。私はあなたになど会いたくありませんでしたが。

メグミ

あ、あはは……。そう言われるような気は……まあ、してました。

モニ

……?(不思議そうに二人を見比べる)

ウロ

それ、博士のお弁当ですか?

メグミ

え? ……ああ、これですか? そうですけど。

ウロ

博士に聞きました。毎日、お弁当を届けに来ているそうですね。不愉快な人。

メグミ

べ、別にこれは僕が好きでやっているわけではなくて! 博士が、僕とモニでお弁当を届けに来るようにと……! そういう、言いつけなんです!

ウロ

でも、お弁当を作ることを最初に申し出たのはあなたでしょう? 知っていますよ。これも博士に聞きましたから。

メグミ

それは、まあ……そうですけど。

ウロ

別にあなたが研究所に来ようが来まいが私には関係ありません。顔を合わせなければいいだけの話ですから。ただ、あなたが博士にお弁当を作って、博士がそれを食べる。そのこと自体が不愉快なのです。あなたのお弁当を開ける時の博士、とても嬉しそうでした。

メグミ

……だったら、ウロさんも博士にお弁当を作ってあげればいいじゃないですか。

ウロ

それは私にはできないことです。

メグミ

はあ……。

モニ

……メグミとウロ、仲わるい?

メグミ

(同時に)はい。

ウロ

(同時に)ええ。

モニ

すごく?

メグミ

(同時に)すごく!

ウロ

(同時に)とても!

モニ

すごく、仲、わるい……。(考え込む)

メグミ

お見苦しいところをお見せしてすみません、モニ。でもこれは僕と彼女の問題ですから、モニは気にしなくて大丈夫ですよ。

ウロ

そうよ。こんな人のために、モニがそんな顔することないわ。

メグミ

あのですね、こんな人って……。

ウロ

もっと直裁的な言葉の方がお好みですか?

メグミ

そうじゃなくて! 今ここには僕たちだけじゃなくて、モニもいるんですよ!? その態度もうちょっとどうにかできないんですか!? ウロさんの言動はモニに悪影響です。

ウロ

モニは私のことを好いていますから、何も問題ありません。

メグミ

問題ないわけないじゃないですか! ウロさん、君、もういい年ですよね? 僕とそう変わらないでしょう? 大人気ないって、思わないんですか?

ウロ

!(年齢のことに言及され、動揺)

メグミ

大体出会った時から失礼なんですよ、君は。この際だから言わせて貰いますけどね、ウロさん。君は人としてどうかしていると思いますよ。人として何か大事な物が、欠落しているとしか──、

ウロ

(被せて)黙って下さい。

メグミ

え、

ウロ

どうしてあなたにそこまで言われなくちゃならないんですか? 私のこと何も知らないあなたに。本当にどこまでも、不愉快な人──、!(目眩を起こす)

メグミ

わ、ちょっと……!(咄嗟にウロの体を支える)

モニ

ウロ!

メグミ

ウ、ウロさん!? 急にどうしたんですか?貧血……? ──僕も少し頭に血が上っていたみたいです、すみません。ほら掴まって、しっかり立って下さい。

モニ

ウロ、だいじょうぶ? どこか、痛い?

ウロ

……っ、大丈夫よモニ、心配ないわ。ちょっといつものあれが来ただけ。
もう立てますので離して下さい。(メグミの手を振り払う)

メグミ

ぁ……、

ウロ

それでは私はこれにて失礼します。

メグミ

待って下さい!

ウロ

何ですか。私は忙しいのです。用件は手短かにお願いします。

メグミ

何ですか、じゃありませんよ! 君、顔が真っ青じゃないですか。足元もおぼつかないし、呼吸も乱れている。いくら僕を嫌いな人でも、こんな状態の女性を一人にするわけにはいきません。さあ、医務室行きましょう。僕とモニで付き添いますから──、

ウロ

触らないで!

メグミ

ウロ

私はあなたが嫌いです。

メグミ

そんなことを言っている場合ですか……!

ウロ

嫌いったら嫌いなんです! 触らないでっ……触るな!!
嫌い……っ! 嫌い嫌い嫌い、いやいやいやいやいやいやぁぁぁぁっ!!!!
っ、あつい……! 助けてっ……お願いだからぁっ!!!

モニ

ウロ……!

メグミ

様子がおかしいですね。

モニ

モニ、知ってる。

メグミ

え、

モニ

ウロ、こわいの……っ! どうしよう、メグミ。モニ、わからない。ウロが……、ウロが!

メグミ

──モニ、博士を呼んできて下さい。僕が彼女を見ています。

モニ

わかった!

◆モニ、走り去る。

ウロ

なんで……? つめたい。あつい、はずなのに……。いや……いやあぁっ……! どうして……! 私は……私はっ……!(頬を涙が伝う)

メグミ

……! 大丈夫ですよ、ウロさん。もうすぐあなたの大事な博士が、来て下さいますから……!

***

《医務室にて》

◆SE:ノック音

オズ

入るよ。

メグミ

あ……はい。

モニ

ナツオ!(オズに抱き付く)

オズ

モニ、

モニ

ウロは……だいじょうぶ? もうこわくない?

オズ

ああ、大丈夫だよ。ウロはもう怖いものは見ない。
彼女は──眠ったようだね。

メグミ

ええ。少し前にようやく落ち着いて、それからすぐに。

オズ

そうか、よかった。急なことで、疲れただろう。まあ、これでも飲んで一服しなさい。事情を知って、研究所の者が淹れてくれた。
モニは珈琲は飲めないだろうからって、ジュースもちゃんとあるよ。

モニ

ありがと、研究所のひと。

メグミ

ありがとう、ございます。

オズ

(珈琲を一口啜って)真っ先に私を呼んでくれたのは正解だったよ。ウロのこれに対処できるのは、研究所の中でも私だけだから。モニもよく頑張ったね。こんな足場の悪いところを私を探して、大変だったろう。

モニ

モニ、メグミのいうことちゃんときいたよ。

オズ

ああ、偉かったね。

メグミ

……あの、

オズ

うん?

メグミ

さっきのウロさんは、普通ではないように見えました。そりゃあ僕はウロさんに嫌われてはいますけど、もっとそれ以上の何かを、見ているように思えて……。
──泣いて、いたんです。彼女。

オズ

……こんなに早くメグミが知ることになるとは、思ってなかったんだがね。

メグミ

……?

モニ

ウロはね、たまにこわいもの、見るの。

メグミ

怖いもの?

オズ

〝フラッシュバック〟

メグミ

え?

オズ

強烈な体験をした記憶がね、急に鮮明に思い出されるっていう、あれさ。ウロは何かの拍子にさっきみたいな状態に陥ってしまうことが、時折あってね。

メグミ

そんなに辛い体験を、ウロさんはされているんですか。

オズ

どうやら、そのようだね。ウロが何を見ているのかは、私も知らないが。

メグミ

〝過去を語るべからず〟──ですか。

オズ

それもあるが……ウロにはスキエンティアに落とされる前の記憶がないんだ。

メグミ

記憶が?

オズ

ウロも他の者と同じようにこの世界に落とされて、やはりこの研究所で目覚めたんだが、意識を取り戻してすぐ、さっきのような錯乱状態に陥ってね。

メグミ

……!

モニ

〝しろい〟〝こわい〟〝ひかり〟〝あつい〟〝つめたい〟
──ウロの中は、これでいっぱいなの。

オズ

それから少しして、また眠りに落ちはしたものの、しばらくは目覚めてはまた暴れ、の繰り返しでね。落ち着くまでに、随分かかったよ。特殊な子だっていうのはすぐにわかったから、私とモニの家で引き取ることを申し出た。

メグミ

それじゃあウロさんには、博士と暮らしていた時期もあるってことですか?

オズ

本当にわずかな間だけだったがね。

メグミ

そうか……だから彼女は博士を慕っているし、モニとも親しかったんですね。

モニ

モニ、ウロもメグミもすき。ウロもメグミも、やさしい。

メグミ

へ、へえ……そうなんですね。とてもそうは思えませんけど……。まあ確かに、ウロさんもモニには笑顔を見せていましたね。

モニ

だけどウロ、すぐにおうち、出ていっちゃった。

メグミ

へ!? まさかウロさん、博士の家でも何かやらかして──、

モニ

ウロ、何もわるいことしてないよ。

メグミ

それじゃあ、なんで……。

オズ

〝自分は帰る場所を持つべきではない〟
それだけ言い残して、ウロは水車小屋からいなくなってしまったんだ。私たちにも、ウロが何を考えて家を出ていったのかはわからない。

メグミ

以前に博士がおっしゃっていた、ウロさんの事情……そういうことだったんですね。

オズ

ああ。ウロが何を抱えているのか、私たちは疎か、ウロ自身にも計り知れない。だから私たちは未だ、ウロを暗闇から掬い上げることができずにいるんだよ。

メグミ

──なんとかして、あげられないんでしょうか。こんな年若い女性が、自分自身でさえわからない過去のために苦しみ続けているなんて……あんまりです。

オズ

……ふふ。

メグミ

? どうか、されましたか?

オズ

いや、あんな酷い仕打ちを受けていたのにまだウロのことを思いやれるメグミは、本当に優しい子だと思ってね。そう簡単にできることじゃあない。

メグミ

それとこれとは話が別です。

オズ

そうか。さて、昼には随分遅くなってしまったが、せっかくモニとメグミが届けてくれたお弁当だ。ありがたくいただくとしようかね。

モニ

モニ、おなかすいた。

オズ

ああ、私もだ。そうだ、たまにはここで一緒に食べよう。メグミはどうする?

メグミ

僕は、もう少しここにいます。

オズ

わかった。それじゃあ私たちは行こうか、モニ。

モニ

うん。あとでね、メグミ。

メグミ

ええ、またあとで。

◆オズとモニ、部屋から立ち去る。メグミ、ウロの寝顔を見つめる。

メグミ(M)

ウロさん。苦しそうな、顔だ。涙の痕……。

***

ウロ

いや……いやあぁっ……! どうして……! 私は……私はっ……!(頬を涙が伝う)

モニ

〝しろい〟〝こわい〟〝ひかり〟〝あつい〟〝つめたい〟
──ウロの中は、これでいっぱいなの。

オズ

ウロが何を抱えているのか、私たちは疎か、ウロ自身にも計り知れない。だから私たちは未だ、ウロを暗闇から掬い上げることができずにいるんだよ。

***

メグミ

(ぎりりと拳を握り締めて)……そんなの、あんまりだ。

ウロ

………ん……。(身じろぐ)

メグミ

! ウロさん? ……ウロさんっ!

ウロ

──どうして、あなたがここに。

メグミ

ああ、気がついたんですね。覚えていますか? 君、僕と口論していて急に倒れたんですよ。びっくりしました。どこも何ともないですか?

ウロ

ええ、問題ありません。

メグミ

ならよかった。これ……あ、僕のハンカチでよければですけど、使って下さい。酷い顔ですよ。

ウロ

……失礼な方ですね。

◆ウロ、ハンカチを受け取って体を起こすと、涙の痕を拭う。

ウロ

あなたのようなクソ野郎に慰められるなんて、不覚です。

メグミ

あはは……僕への対応は、相変わらずなんですね。

ウロ

これ、洗って返した方が?

メグミ

ああ、いいですよ、ハンカチの一枚や二枚。それは差し上げますから、煮るなり焼くなり、好きにして下さい。って言うと、ウロさんは即座にゴミ箱に放り込みそうですが。

ウロ

はい、そうするでしょうね。

メグミ

……あの、ウロさん。

ウロ

さん付けはやめて下さい。気色が悪いです。

メグミ

では、ウロ、と呼ばせていただきますが——ウロはやたらと僕を敵視しているような気がするのですが、それは気のせいでは、ないですよね。

ウロ

当たり前です。これで気づいていなかったら、むしろオドロキです。

メグミ

それって、どうしてなんでしょうか。もしも僕に非があったのであれば謝りますし、改善の余地があれば、誠心誠意努力はしたいのですが。

ウロ

つまり私はあなたに嫉妬しているのです。

メグミ

と、言いますと?

ウロ

博士とモニは、私にとって家族同然でした。彼らがそう思ってはいなくても。しかしあなたはいとも容易く、彼らと私との間に割り込んできた。だから私はあなたが憎いのです。

メグミ

……。

ウロ

私のために退いて、下さいますか?

メグミ

いえ、ちょっと、困ってしまいました。僕の力では、どうにもならなさそうなことでしたので。

ウロ

どうにもならないということはありませんよ。あなたがあの家から出て行けばいいのです。

メグミ

それは嫌です。僕も今の生活は気に入っていますので。君のために譲る気など、更々ありません。

ウロ

性格悪いって言われませんか、あなた。

メグミ

そういえば、亡くなった親友によく言われたものです。ですが君も、大したものかと。

ウロ

否定はしません。

メグミ

(立ち上がる)もう行きますね。君も落ち着いたようですし、少し気分を害されてしまいました。

ウロ

同感です。

メグミ

ああ、それから、もう一つ。

ウロ

……まだ何か?

メグミ

君、右目が見えていませんね?

ウロ

メグミ

すみません、これでも元は軍人だったもので、さっき暴れている君を見てわかってしまいました。それではどうぞ、ごゆっくりお休みを。

◆メグミ、部屋を立ち去る。

ウロ

(右目を押さえて)……本当に、不愉快な人。

to be continued.