スキエンティア

第四話 ニールセンの古道具屋

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂3♀1
時間:約15分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされた青年・メグミ。〝救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士と謎の少女・モニと共に暮らすこととなる。コグレの町に出たメグミは、イアンの住まうニールセンの古道具屋に向かうことを決意するが……。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目過ぎるきらいを仲間たちにからかわれるようなたちの青年だった。手先が器用で、要領がいい。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装っているが……。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。褐色の肌に翡翠の瞳、左脚は義足。運び屋をしている。スラム街出身、飢饉でスキエンティアへ。ニールセンと暮らしており、メグミの死んだ親友・リョータによく似ている。
フレデリック・ニールセン 53歳。いつもパイプをふかしている、古道具屋の店主。灰色の髭を口元と顎にたっぷりと蓄えている。頑固者で言動が荒く、外見もいかついが、イアンのことは実の息子のように可愛がっている。
メグミ

(表題)「スキエンティア 第四話 ニールセンの古道具屋」

《コグレ地区にて》

◆住人たち、ひそひそと話をしている。

住人A

あれが、女神の泉に落とされたっていう新入り?

住人B

スキエンティアに大変革をもたらす救世主だっていう、あの? へえ、なんか意外と普通な感じじゃん。

住人A

シッ、聞こえるよ!

住人B

確か、〝メグミ・モリモト〟とかいったっけ?

メグミ(M)

うわあ……なんか噂に尾鰭が付いて、一人歩きしちゃってるよ。しかも、僕の名前まで広まっちゃってるし……。

モニ

ここが、コグレ地区だよ。

メグミ(M)

モニに率いられて辿り着いたのは、石畳の緩やかな上りの勾配に、煉瓦造りのみせの数々が軒を連ねる、古めかしい町並みだった。

メグミ

いい町ですね。人々で賑わっているのに、町並みは静謐を湛えている。それに空気もすがしい。

モニ

うん。モニはソトバがだいすきだけど、コグレもすき。

メグミ

いろんなお舗がありますね。

モニ

コグレに来れば、たいていのものはそろうから。あそこが古道具屋さんだよ。

メグミ(M)

小さな手が指し示したのは、そうと言われなければ舗だとわからず素通りしてしまいそうな、沈んだ佇まいの二階建ての建物だった。二手に分かれた道の狭間に、ひときわひっそりと息を殺している。

モニ

……入らないの?

メグミ

い、いえ、すみません。行きましょう。

◆メグミ、おそるおそる舗のドアを開け、ドアベルが鳴る。

メグミ

ごめんくださーい……。

◆舗の中は薄暗く、しんと静まり返っている。

メグミ

──お留守……かな。

モニ

ううん。いつもおじさんかイアンのどっちかは、舗にいるはず。

メグミ

そうなんですか? じゃあ、ちょっと中に入ってみましょうか。

モニ

うん。

◆メグミとモニ、舗の中に足を踏み入れる。

メグミ

うわあ……本当に古そうな物ばかりですね。
あ、上の階から足音が……。

イアン

はいはい、お待たせしましたー! って、あれ? ……お前!

メグミ

イアン! お久しぶりです。

イアン

メグミ、来てくれたのか! また会えて嬉しいよ。やっと退院できてよかったな!

メグミ

今朝、研究所を出てきたばかりなんです。真っ先にここに来ちゃいました。

イアン

へへっ、巷で噂の救世主様が真っ先に会いに来て下さるなんて、光栄だな。
で? なんでお前とモニが一緒なんだ?

モニ

こんにちは、イアン。

イアン

よっす、モニ。

メグミ

博士の家に住まわせて貰うことになったんです。

イアン

へー! そうなんか!

メグミ

ええ、博士の方からそう申し出て下さって。だけどあの人、全然家にまともな食料置いてなくって、着いてすぐにとんぼ返りで町に買い出しですよ。全く、しょうがないんですから。

イアン

ははっ、あの人妙なところで無精だからなあ。

メグミ

そうなんですよ! もう僕はこれからの生活が不安で不安で、胃が痛くなりそうです。

イアン

お前、苦労人っぽいもんなあ。

メグミ

……よく言われます。

イアン

あっははは! そういうツラ、してるもんよ。

メグミ

はは……それはちょっと、嫌だなあ。
ん? また足音?

◆二階から、今度は荒々しい足音。

イアン

あ、やっべ! おやっさんにどやされる!

メグミ

え?

ニールセン

イアン! てめえまだこんなところで油売ってたのか。さっさと仕事行って来い! 遅刻だぞ!

イアン

はいっ、すいやせん!
そんじゃ俺、仕事あるから、またな! 今度ゆっくり話そうぜ!

メグミ

あ、はい! また!

モニ

またね、イアン。

イアン

おう、モニもまたなー!

◆イアン、ドアベルを鳴らしながら慌ただしく舗を出ていく。

メグミ(M)

イアンに続いて舗の奥から姿を現したのは、灰色の髭をたっぷりと蓄えた、体格のいい中年の男性だった。口に咥えたパイプを、もうもうと不機嫌そうにふかしている。

モニ

こんにちは、おじさん。

ニールセン

おお、嬢ちゃん、よく来たな。こんなところまでお遣いか?
で、誰だ? おめえは。見ねえツラだが。

メグミ

メ、メグミ・モリモトといいます。二ヶ月前にスキエンティアに落とされてきたばかりで……、

ニールセン

ああ、おめえが例の。

メグミ

ええ、まあ……。

ニールセン

(パイプをふかして)気に入らねえ。

メグミ

え、

モニ

……!

ニールセン

〝救世主〟って呼び名からしてまず気に食わねえんだよ。たかがガキが、ちょっと珍しい場所に落ちてきたくらいで、大袈裟なんだ、どいつもこいつも。おめえもちょっとここの奴らによいしょされたからって、いい気になってるんじゃねえのか?

メグミ

ち、違います! 僕だって不本意なんです、そんなふうに呼ばれるのは。僕は自分一人、親友一人の命も守れなかった、ただの弱い人間で……、

ニールセン

それも気に入らねえ。

メグミ

……は?

ニールセン

イアンから話は聞いてんだ。うじうじうじうじ、カビが生えちまいそうな野郎だってのは。その偽善者っぷりも、どうも鼻につく。おめえも男なら、もうちょっとシャキッとしてらんねえのか?

メグミ

……。

ニールセン

で、図星突かれたらだんまりか。用がねえならさっさと帰れ、ガキ。そんなところにずっと突っ立ってられたんじゃ、うちの舗にまでカビが生えちまう。

メグミ

……はい。失礼、します。行きましょう、モニ。

モニ

うん。ばいばい、おじさん。

ニールセン

おう、じゃあな、嬢ちゃん。
おいガキ、うちのイアンにまでそのカビうつしてくれるなよ。イアンはどうもおめえを気に入ってるみてえだが、俺はどうもおめえが気に食わねえ。せいぜい自分の言動と、よぉく向き合い直してみるこったな。

***

◆舗を出たメグミとモニ、無言で町を歩いている。

メグミ

……。

モニ

メグミ、だいじょうぶ?

メグミ

は、はい。大丈夫ですよ。早く買い出し済ませて、うちに帰りましょう。博士が待ってます。

モニ

うん。食べ物は……〝できあい〟じゃ、ない、もの……(考え込む)

メグミ

ああ、モニ。どうやらあそこみたいですよ。

八百屋

へい、らっしゃいらっしゃーい! 新鮮な野菜、いかがっすかー!
お、モニちゃんじゃねえか。

モニ

こんにちは、情報屋さん。

八百屋

ははっ、そっちは本業じゃねえんだけどなあ。
って、あれ? あんた、見ねえ顔だな。あ! もしかしてあんたが、例の救世主様ってやつ!? 女神の泉に落とされたっていう、あの!?

メグミ

え、ええ。まあ……。

八百屋

へー! なんだ、やっぱり話に聞いてた通り、案外普通の青年なんだな。

メグミ

実際、その通りですから。

八百屋

ははっ、救世主様は謙遜もお上手だ。ま、今後ともどうぞご贔屓に。
で? 何がお要りようだい?

メグミ

ええっと、そっちのそれと、あれと、これと……あとあれと、それと、これと、それから……、

モニ

メグミ、メグミ、モニこれも食べてみたい。

メグミ

はい、いいですよ。えっとこれは、オレンジ、かな……。タルトでも作りましょうか。

八百屋

おいおいなんだい、やけにたくさん買い込むんだな。

メグミ

オズ博士のところのお遣いなんです。

八百屋

ああ、あの人んところか。小耳には挟んだよ、博士に引き取られることになったんだって? あの人は無精だからねえ。

モニ

ナツオは〝ぶしょう〟だって、みんなよく言ってるよ。

メグミ(M)

博士ってば、町でも評判になるくらいの無精なのか……。

八百屋

はい、合わせて3560メルになりまーす!

メグミ

メル?

八百屋

ああ、あんたはまだ知らないか。メルはこの世界の通貨だよ。ほれ、さっさと払った払った。

メグミ

あ、はい!

八百屋

あいよ、確かに! そんじゃ、よろしく頼むよ、救世主さん! ありがとうございましたー!

メグミ

元気のいい、方でしたね。

モニ

あの人は、情報通。何か知りたいことがあったら、あの人に訊けばいい。

ニールセン

〝イアンから話は聞いてんだ。うじうじうじうじ、カビが生えちまいそうな野郎だってのは。その偽善者っぷりも、どうも鼻につく 〟

〝せいぜい自分の言動と、よぉく向き合い直してみるこったな〟

メグミ(M)

僕は偽善者、なんだろうか。

モニ

(きゅっと手を握って)帰ろ、メグミ。

メグミ

……はい。そうです、ね。

***

《水車小屋にて》

メグミ

ただいま帰りました。

モニ

ただいま、ナツオ。

オズ

お帰り、二人とも。やけに遅かったじゃあないか。町で何か──あったみたいだね。

メグミ

……。

***

◆昼食後、メグミとオズは珈琲を飲んでいる。
 モニは地べたで絵を描いている。

オズ

なるほど、ね。それで古道具屋のニールセンさんに会ったのか。

メグミ

あの人、なんだか怖かったです。人のことを、まるで値踏みするような目つきで見てきて……。

オズ

彼はフレデリック・ニールセン。スキエンティアに落とされてきて以来ずっと、コグレの古道具屋のご店主を務めている、私以上の頑固者だよ。彼を怖がる人は、確かに多いみたいだね。

メグミ

イアンはどうして、僕にあの舗に来るように言ったんでしょうか。

オズ

イアンは、単に君にもう一度会いたかったからあの舗に来るように言ったわけではないと、メグミは考えているのかな。

メグミ

はい……。まるであの舗に来ること自体に意味があるような、そんな物言いでした。

オズ

だったらそれは、メグミ自身が考えて、答えを導き出さなくてはならないことなんだろうね。

メグミ

……はい。

オズ

さ、湿っぽいのはこれくらいにしとこう。(珈琲を飲み干して)ごちそうさま。メグミ、君は手先が器用なんだねえ。食事も珈琲もタルトも、とても美味しかったよ。

メグミ

いえ、そんな……久しぶりだったので、味が心配だったんですが。でも喜んでいただけたのなら何よりです。何なら毎日だって作りますよ。

オズ

本当かい? それは嬉しいな。日々の楽しみが一つ増える。私は本当に、いい家族を得たようだ。

メグミ

そ、そうですか? ……あ。そうだ、博士。

オズ

ん?

メグミ

この世界の多くの人たちは、仕事に就いていますよね。僕にも何か働ける場所があればと思うんですが、この世界で仕事に就くにはどうしたらいいんでしょうか。

オズ

ああ、それなんだがね、君には一つ頼みたいことがあるんだ。

メグミ

本当ですか!? 何でもおっしゃって下さい!

オズ

それじゃあ、遠慮なく。留守番を、お願いできないかね?

メグミ

……へ?

モニ

……。(絵を描く手を止めて、顔を上げる)

オズ

私はほとんど毎日、研究所にいなくてはならないだろう? その間の留守を、君にお願いしたいんだ。

メグミ

で、ですが、そんなの仕事とは呼べません!

オズ

モニがね、一人になってしまうだろう? 私はずっとそれが、心苦しくてね。だから、私が家を空けている間、モニと一緒にいてやって欲しいんだよ。

モニ

モニ、一人でも大丈夫だよ。

オズ

モニ。君は君自身が思っている以上に、まだ幼い。それにもっと人と深く関わるべきだ。メグミと一緒にいれば、それも叶うだろう。

モニ

モニ、幼い……?

オズ

ああ、そうだとも。

モニ

おさな、い……。(考え込む)

メグミ

──わかりました。でもそれだけじゃあ……! そうだ、お昼! 博士、お昼ごはんはいつも、どうされているんですか?

オズ

うーん、それも出来合いの物で済ませてしまうことがほとんどだねえ。

メグミ

だったら、お弁当! お弁当作らせて下さい!

オズ

お弁当?

メグミ

はい! それだったら家にいてもできますし、何か少しでも博士のお役に立てるようなことがしたいんです。モニにおやつも作りますよ。タルト、気に入ってくれたみたいでした。

モニ

はじめて、食べた。おいしかったよ、メグミ。また食べたい。

メグミ

ありがとうございます。

オズ

そうかい? じゃあ、お弁当とモニのおやつもお願いしようかな。
そうだ、ついでに一つ条件を与えよう。

メグミ

条件?

オズ

お弁当は毎日、お昼の時間にメグミとモニが、研究所まで届けてくれるかな。

メグミ

え、

オズ

どうかな。難しいことではないだろう?

メグミ

それは……。

メグミ(M)

研究所の人たちにはまた会いたい。でも、あそこには僕のことを疎んじているウロさんもいる。正直なところ、あまり気乗りはしないけれど……。

オズ

何でも、と言っただろう?それともこの条件は飲めないかい?

メグミ

──いえ。やらせていただきます。

オズ

それじゃあ決まりだ。モニもそれで構わないね?

モニ

モニ、お弁当、届けられる。

メグミ(M)

くして、この小さな水車小屋で、僕の新しい生活は幕を開けたのだった。僕の胸に、いくつかの不安の影を落としながら。

to be continued.