スキエンティア

第三話 水車小屋の家族

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:約12分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされ、Project Ozの研究所で目覚めた青年・メグミ。その特殊な発現状況から、〝スキエンティアの変化の兆し〟〝スキエンティアの救世主〟と謳われることを重荷に感じながらも、オズ博士に引き取られることとなる。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目過ぎるきらいを仲間たちにからかわれるようなたちの青年だった。手先が器用で、要領がいい。〝救世主〟と謳われる。絵に描いたような好青年を装っているが……。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
モニ(ハルモニ) 白髪に紅い瞳を持つ、純白の少女。推定年齢4〜5歳。感情の起伏に乏しく、一人で過ごすのが上手い。自らの名前すらわからないままスキエンティアに発現し、オズに拾われる。とある秘密がある。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。誰に対しても素っ気ないが、オズには心を開いている様子。メグミを敵視する。
メグミ

短い間でしたが、お世話になりました。

メグミ(M)

スキエンティアに落とされてから二ヶ月。ようやく医師に研究所からの退去を許される。みんなに見送られて、僕は博士と共に首都エメラルド・シティをあとにしようとしていた。顔馴染みになった誰もが、温かい言葉と笑顔で僕を送り出してくれる。
──ただ一人を除いて。

メグミ

ウロさんも、いろいろとありがとうございました。

ウロ

……。

オズ

ウロ。

ウロ

──退院、おめでとうございます。
さっさと私の前から消え失せて下さい、クソ野郎。

オズ

ウロ!……全く、しょうがない子だ。
すまないね、メグミ。

メグミ

いえ、構いません。
ウロさんには本当に、ご面倒をおかけしましたから。

オズ

そうか。 それではそろそろ行こうか。君の新しい家へ。

メグミ

……っ、はい!

メグミ(M)

スキエンティア歴607年、5月10日、午前。
僕はこれから、オズ博士の住む家があるというソトバ地区へと向かう。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第三話 水車小屋の家族」

メグミ

うわあ……!すごい数の向日葵ひまわりですね!

オズ

だろう?私も自慢なんだ、研究所から私たちの家へと向かう途中の、この広大な向日葵畑はね。ソトバ地区なんて辺鄙なところに住んでいるのは私たちくらいのものだから、まあ謂わばここは、我が家の庭みたいなものさ。勿論、君にとってもね。

メグミ

ここが、庭……。

オズ

ほら、そんなふうに突っ立っていると、悪戯な向日葵たちに惑わされて迷子になってしまうよ。

メグミ

あっ……はい!すみません。

オズ

メグミは賢いが、少しぼんやりしたところのある子だね。

メグミ

め、面目ない……。

オズ

何、そう謝らなくてもいい。君の聡明さは評価に値するよ。君はもっとウロに怒ったってよかったんだ。あの子には、私からあとできつく言っておくから。

メグミ

いいんです。ウロさんには本当にお世話になりましたから。それに、一度嫌われてしまったのであれば、それはもうどうしようもないことですし……。

オズ

──君は本当に賢い子だね。
だが、もうちょっと傲慢なくらいの方が、人間らしいというものだよ。

メグミ

買い被り過ぎです。僕はそんなに綺麗な人間じゃありませんよ。傲慢だし、欲深いし……それに何より臆病者だ。じゃなければ、死にたくないだなんて、とても口には……、

オズ

言っただろう。君はもう死にたくないと言葉にしてもいいのだと。
ここはもう、君の元いた世界とは違うのだから。

メグミ

!、……ははっ。情けない、ですね。

オズ

情けなくなどない。生きたいと思うのは、人間の本能だよ。

メグミ

……はい。それにしても本当に、広大な向日葵畑ですね。どこまでも延々と、続いているかのようで。まるで世界の果てに来てしまったみたいだ。

オズ

その感想は、あながち間違ってもいないのかもしれないね。自分たちが生きているのか死んでいるのかさえ、スキエンティアの人々にはわからないのだから。

メグミ

……。

オズ

だが、その向日葵畑もじきに途切れる。
ご覧、あそこに見える水車小屋が、君の新しい家だよ。

メグミ

あれが……。

オズ

なかなか風情のある、いい佇まいだろう?

メグミ

──ちょっと、意外です。

オズ

〝博士〟だなんて偉そうに呼ばれているから、もっと立派な豪邸にでも住んでいるかと思ったかね?

メグミ

はい。研究所の中でも、博士はみんなから尊敬されているように見えましたし、スキエンティアを変革し得るプロジェクトを立ち上げた、とても偉い人なのだと聞いていましたので……。
あ!その、別にあの家のことを悪く言うつもりはないんですが。

オズ

あはは、何も私はそんな大層な人間じゃないんだよ。なんだい、研究所の奴らは、君にそんなおかしなことを吹き込んでいたのかい?全く、どうしようもない。
彼らにも、ちょっと灸を据えておかなくてはいけないな。調子に乗って、あっちこっちで妙なことを吹聴するんじゃないってね。まあ、あれで根はいい奴らなんだが。

メグミ

でも、一から〝ろけっと〟なんて物を作ろうと思い立つなんて、やっぱりすごいことだと思います。

オズ

それこそ、買い被り過ぎというものだよ。研究所の奴らがいなければ、私一人では何もできなかっただろうからね。彼らあっての〝Project Ozプロジェクト・オズ〟だ。いつもお気楽そうに笑い合ってはいるが、こんな馬鹿げた、一種の賭けと言ってもいいプロジェクトに賛同し、手を貸してくれている彼らにこそ、私たちは賞賛の拍手を送るべきだろう。

メグミ

──そうですね。あの人たちも、すごいです。

◆オズ、ふと足を止め、メグミもそれに倣って立ち止まる。

オズ

ほら、見てご覧。この小川はソトバの森からここまで流れてきているんだ。
飲み水としても使える、美しい湧き水だよ。

メグミ

わあ……!こんな綺麗に澄みきった水、初めて見ました。

オズ

自慢の庭、だろう?

メグミ

ええ、本当に。

オズ

さあ、我が家まであと一息だ。肩の方は問題ないね、メグミ?

メグミ

はい。おかげさまで、万全です。もうちっとも痛くありませんよ。
──ところで、博士。

オズ

うん?

メグミ

ずっと気になっていたんですが、博士の家には天使が一人いるっておっしゃっていましたよね。あれって一体、どういうことなんですか?

オズ

それは我が家に着いてからのお楽しみだよ。

***

モニ

おかえりなさい、ナツオ。

オズ

ただいま、モニ。

メグミ(M)

博士の言った〝天使〟という言葉の意図を、僕はすぐに理解した。丘の上の水車小屋で僕たちを出迎えたのは、どこもかしこも真っ白な、一人の幼い少女だったのだ。
羽毛のように柔らかな白髪はくはつ、血管の浮くように白い肌。 こぼれ落ちそうな双眸そうぼうだけが紅玉ルビーの如きくれないをして、陶然とする僕を、吸い込まれそうにその場に縫い付けていた。

モニ

その人が、メグミ?

オズ

ああ、そうだよ。
メグミ、紹介しよう。私たちのもう一人の家族、ハルモニだ。モニと呼んでやってくれ。

メグミ

……。(モニに見蕩れている)

オズ

メグミ?

メグミ

あ……すみません。あまりに綺麗だったものですから、つい。
(モニの前に膝を突いて)メグミ・モリモトです。モニ、どうぞよろしくお願いします。

モニ

……メグミ・モリモト。あなたも、きれいなひと。

メグミ

え?

オズ

どうやらモニも君のことを気に入ったらしい。
家族円満、実に素晴らしいことだね。

メグミ

家族、ですか。

オズ

一つ屋根の下で寝食を共にするんだ。これが家族じゃなくて何だというんだね。

モニ

モニ、新しい家族ができるの、楽しみにしてた。会えて、うれしい。
メグミはモニと会えて、うれしい?

メグミ

──はい、とっても。ありがとう、ございます。

モニ

いっしょにごはん、食べよ。

メグミ

ええ、勿論です。そろそろお昼も近いですし、早速何か作りましょう。

モニ

うん。モニ、手伝う。

***

メグミ

……って!この家全っ然まともな食料ないじゃないですか!

オズ

いやあ、私はあまり料理が得意ではなくてね。
出来合いの物で済ませてしまうことがほとんどなんだ。

メグミ

だめですよ!ちゃんと食べられる環境にいるなら、ちゃんとした物食べないと!モニだって育ち盛りなんですから……!今すぐ町に買い出し行きましょう。話はそれからです。

オズ

えっ、面倒だなあ……。

メグミ

博士!

モニ

モニも、行く。

メグミ

え?

モニ

モニが町、案内したげる。メグミはモニについてくればいい。

メグミ

いや、でも……。

オズ

おお、それはいい提案だ!財布は預けるから、二人でお遣いに行って、親睦を深めてきたまえ!こうした交流に、私が着いていくのも野暮ってものだろう!

メグミ

博士……。

オズ

年寄りは労るものだよ、メグミ。
それに心配しなくたって、モニは一人でもちゃんと道を案内できる。

モニ

モニ、一人で大丈夫だよ。

メグミ

……わかりましたよ!
その代わり、博士にもちゃんとした物、食べて貰いますからね!
行きましょう、モニ。

モニ

うん。おてて、つなご。

メグミ

!、ふふっ……はい。

◆メグミとモニ、手を繋いで水車小屋を出ていく。

オズ

──これから、賑やかになりそうだ。

***

《向日葵畑にて》

メグミ

全く、博士ってばものすごい人な癖に、変なところ無精なんですから。……すごい数の向日葵だなあ。本当に、ちょっと気を抜くと迷子になってしまいそうだ。

メグミ(M)

あれ、でも、今って5月なのに、どうして向日葵の花が満開なんだろう?
いや、異なる世界であれば、それも当然のことなのか……?
だけど気候は、僕が元いた世界の5月そのものだ。

モニ

ここのひまわりは、ずっと咲いてる。

メグミ

え?

モニ

枯れないの。モニたちとおんなじ。
ずっとあったかい。ずっとお天気。だけどお水も涸れない。
ここではみんな枯れないの。
だけどずっとあるわけじゃない。

メグミ

……?それって、どういう……?

モニ

そのうち、わかるよ。

メグミ

……。あー、ええっと、ところでモニ、買い出しにはどこの地区へ行けばいいんですか?

モニ

コグレ地区。

メグミ

コグレ地区?それって、運び屋のイアンが住んでいるところですよね?

モニ

メグミ、イアンを知ってるの?
どうして?

メグミ

一度だけ、研究所で会ったことがあるんです。確か〝ろけっと〟の資材を運びに来たついでに……。そうだ、モニ。買い出しの前に、少し寄り道してもいいですか?

モニ

いいけど、どこに?

メグミ

ニールセンさんの古道具屋に、案内して下さい。

to be continued.