スキエンティア

第二話 義足の少年

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:約15分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

《これまでのあらすじ》
スキエンティアに落とされ、Project Ozの研究所で目覚めた青年・メグミ。〝もう人を殺さなくていい。死にたくないと口にしてもいい〟オズ博士の優しい言葉に涙するも、研究所で働く女性・ウロに何故か一方的に嫌われてしまう。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、元・軍人。生真面目過ぎるきらいを仲間たちにからかわれるようなたちの青年だった。手先が器用で、要領がいい。絵に描いたような好青年を装っているが……。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。誰に対しても素っ気ないが、オズには心を開いている様子。メグミを敵視する。
イアン・ワーズワース 10代後半の元気いっぱいの少年。褐色の肌に翡翠の瞳、左脚は義足。運び屋をしている。前の世界ではスラム街に住んでおり、持ち前の俊足で市場から食料を盗む役目を果たしていた。飢饉でスキエンティアへ。

《イアンの過去》

◆イアン、傷ついた左脚をずるずると引きずりながら、尖った大きな石を抱えて、ぎらぎらと照りつける太陽の下を歩いている。

イアン

へへっ……脚が潰れてんじゃねえか。人の体ってのア、こんなにも脆いものなんだなあ。やってくれるじゃねえか、金持ちのお偉いさん方よオ。
──あのスラム街にいたんじゃ、まともな治療は受けられねえ。だったら自分でなんとかするしかねえ。ポンコツになった膝から下をちょん切って……井戸水で傷口を清潔に保つ。そうすりゃまあ、命だけはなんとかなるだろ。へへっ……。

◆イアン、日陰に座り込む。笑みを消し、悔しげにぎりりと歯を食い縛る。

イアン

生きてやる……!絶対に、この程度の傷で、俺は死んだりしない!死んだ妹、ドリーの分まで、例えどんなにみっともなくてもいい、俺は生にしがみついてやる……!神様よオ、もしいるんならせいぜいその高みから、ドン底に突き落とされた人間の底力、見下ろしてろよ。……ふっ!(尖った岩を脚に振り下ろし、膝から下を切断する)

メグミ

(表題)「スキエンティア 第二話 義足の少年」

メグミ(M)

僕がスキエンティアに落とされてから十日程が経ち、僕は研究所の中を自由に歩き回ることを許されるようになっていた。
本当に、どこを見渡しても、僕の見知らぬものばかりだ。
少し触れれば今にもどこかを壊してしまいそうな機械室。高みから見下ろせばそわそわと落ち着かない心地がせり上がってくるような、長い長い鉄の螺旋階段。そしてその螺旋階段に取り巻かれるようにして、太い柱のようなものが一本、研究所の中心にそびえ立っている。

オズ

これが、ロケットだよ。

メグミ(M)

初めて研究所の中を案内してくれた時、博士はその柱のようなものを、あの優しい瞳で見上げて僕に言った。

オズ

Project Ozプロジェクト・オズ〟──私たちはこれで、この小さな世界の外を目指そうとしているんだ。

メグミ

世界の、外?

オズ

そう、外だよ。陸地は全て探し尽くした。
しかし私たちはこの世界を解き明かす鍵となるものを見つけ出すことはできなかった。
だが、この青い空の外までは、私たちはまだ到達していない。
だから私たちは、この世界に偶然に持ち込まれた設計図を元に、ロケットを作ることにしたんだ。空を突き抜け、この狭い世界から抜け出すためにね。

メグミ

こ、この空の外!?
この柱のようなものは、空を飛ぶのですか!?
飛行機と同じように!?

オズ

飛行機よりももっともっと高くまで。
あそこに、二つの月が見えるだろう?

メグミ

はい……。僕の知っている月とは、随分姿が違いますが。
とても大きいし、何より昼夜問わず宙空に浮かんでいる。

オズ

ロケットが完成すれば、あの月にまで私たちは到達することができるだろう。そうすれば私たちもこの世界に、新たな兆しを見出すことができるかもしれない。スキエンティアは惑星と同じく球体をしていて、その陸地はほんの数刻もあれば一周できてしまうからね。

メグミ

……本当に、小さな世界なんですね。

オズ

ああ、そうだよ。だがこれまでの私たちにとっては、それが全てだった。

メグミ(M)

研究所の足場は悪く、博士はしきりに僕の身を案ずるが、僕は物珍しさにかまけて毎日のように研究所の中をぶらついた。元より戦場で、体は鍛えられている。
おかげで研究所で働く人たちとも親しくなり、顔を合わせれば声をかけ合う仲となった。肩の傷はまだ痛むが、確実に快方に向かっている。
まだわからないことだらけだけだが、何もかもが順調に進んでいるかのように思えた。
順調に進んでいる、はずなのだが……。

◆ウロ、メグミの部屋で肩の傷に包帯を巻いている。終始無言。

メグミ

……あのう、ウロさん。

ウロ

気安く名前で呼ばないで下さいと言ったでしょう。不愉快です。

メグミ

……。

メグミ(M)

僕の世話係を任せられているこのウロという女性とは、相変わらずだ。

ウロ

──処置は済みました。それでは私はこれで。
(踵を返し、立ち去ろうとする)

メグミ

──あの!

ウロ

(振り返り、ゴミを見るような目で)何ですか?

メグミ

えっと、その……いつも手当てをして下さったり、食事を運んで下さったり、どうもありがとうございます。

ウロ

あなたにお礼を言われる筋合いなどありません。
私はオズ博士より与えられた職務のみを、こなしているだけに過ぎないのですから。
それでは、失礼します。

◆ウロ、毅然とした態度で部屋を立ち去る。

メグミ(M)

歩み寄る努力はしているつもりなのだが、本当に、大した嫌われようである。

***

オズ

はっはっは!そりゃあまた、大層なことを言われたもんだな。

メグミ(M)

研究所内を出歩くようになってわかったことだが、オズ博士は研究所内ではそれなりの地位にある人らしい。だが、あのウロとかいう女性よりよほど磊落らいらくだ。

メグミ

笑わないで下さいよ……これでも結構、傷ついているんですから。

オズ

いやあ、すまんすまん。あまりにもウロらしいので、ついね。
あれで結構、可愛いところもある子なんだが。

メグミ

そうですか?僕にはとてもそうは思えませんが……。

オズ

言っただろう?ウロにもいろいろ、事情があるのだと。
あの子の身の上はこのスキエンティアの住人の中でもひときわ特殊だ。
まあいずれ、君も知ることとなるだろう。

メグミ

……。
あ、そういえば、博士。

オズ

うん?

メグミ

瞳の色こそ黒と銀とで違いますが、僕とあなたの名前の響き……。
博士って、ファースト・ネームは「ナツオ」さんですよね?

オズ

ああ、本来ならね。

メグミ

どうして「ナツオ・オズ」ではなく「オズ・ナツオ」なんですか?研究所の他の皆さんは、ラスト・ネームを持たないか、ファースト・ネームを先に名乗っているようですが。

オズ

ああ、それが、多くの国ではファースト・ネームを先に名乗るということをすっかり失念していてね。役所に届け出る際に、誤ってラスト・ネームを先に名乗ってしまった。それで、「オズ・ナツオ」さ。今じゃみんなのお笑いぐさで、ここエメラルド・シティの名前の由来ともなった童話にちなんで、名前の綴りまで変えられてしまった。

メグミ

えぇっ、そんな理由で!?そんなことってあるものなんですか!?

オズ

それがねえ、ここスキエンティアではまかり通ってしまうものなんだよ、メグミ。
役所の人間も、頭のねじが二、三本抜けてる奴らばかりだからね。

メグミ

もう一度役所に行って、正式に届け出直してみては……?

オズ

いやあ、まあ、いいんじゃないかね。
実をいうと私も、オズという呼び名は気に入っているんだ。
ゴロもいいし、何より役所での手続きがどうとか、面倒事は苦手でね。
言うなれば私は、スキエンティアの持ち得る可能性を引き出す、偉大なる魔法使いといったところさ。(おどけてウィンク)

メグミ

……。

メグミ(M)

そして、そんなすごい博士なのに、どうも彼は妙なところでかなりの無精なようである。

***

イアン

よっす!

メグミ(M)

スキエンティアに落とされてからおおよそ二週間、一人の少年が僕を訪ねてくる。褐色の肌に翡翠の瞳を持ち、左脚の膝より下は淡い緑色の義足である。
顔を見て、驚いた。

メグミ

リョータ……!?

イアン

へ?

メグミ

リョータ……!お前、リョータだろう!?
どうしてこんなところにいる!?
まさかお前もスキエンティアに落とされていたのか!?
……!、こんな偶然ってあるものなんだな!
よかった、また会えて嬉しいよ……!

イアン

おいおい、ちょっと待ってくれよ!
俺はあんたとは初対面だし、リョータなんて名前でもないぜ。

メグミ

!!
そうか……そうだよな。
あいつは、死んだんだ。
僕の目の前で、確かに。
それに、君のような褐色の肌でもなかった。
──人違いだったようです、すみません。
リョータは僕の親友だったんです。
あまりにも生き写しだったものですから、つい……、

◆イアン、ベッドに腕を突き、メグミの鼻先にまでずいと身を乗り出す。

イアン

(被せて)〝過去を語るべからず〟

メグミ

うわっ!?

イアン

この世界のルール、まだ肌に馴染んでないみたいだな。
前いた世界での話は、スキエンティアでは御法度だぜ。

メグミ

す、すみません。

イアン

あはは!まあそう堅くなるなって。
それに、そんな敬語使わなくたっていいんだぜ。
見た感じ、あんた俺より年上だしな。
ま、まだいろいろわからないことも多いだろうけど、気楽に行こうぜ、気楽に!
俺もそうさせて貰うからさ!

メグミ

はいっ!──あの、えっと……非常に言いづらいのですけれど、できればもう少し、適切な距離を置いて下さると……ちょっと、顔が近い。

イアン

おっと、すまんすまん。

◆イアン、素直に身を引き、ベッドの端に腰を下ろす。

メグミ

ふう……(苦笑して)それと敬語はなんというか、僕の癖なんです。こっちの方が落ち着くので、このままお話しさせていただけるとありがたいのですが。

イアン

へー、そうなんか。変わってるな、あんた。

◆イアン、物珍しそうにしげしげとメグミを観察している。

メグミ

ところで君は?研究所では見かけない顔ですが。

イアン

俺?俺はイアン!イアン・ワーズワース!運び屋やってる。
古道具屋のニールセンのおやっさんのところで養って貰ってるよ。
コグレ地区のみせだから、退院したら遊びに来てくれよな!

メグミ

運び屋?(イアンの義足にちらっと目をやる)

イアン

そ。ここのロケットの資材も、採掘場から俺がリヤカーで運んでるんだぜ。
あ、俺が義足だからって舐めるなよ。こう見えて、脚の速さじゃ他の誰にも負けねえんだからな。で、今日は運びついでに、噂の新入りの顔を拝みに来たってわけだ。

メグミ

噂?

イアン

〝スキエンティアの変化の兆し〟
〝スキエンティアに新たな恵みをもたらす救世主〟
〝その名もメグミ・モリモト!〟
……ってな!

メグミ

もうそんな噂が広まってるんですか……。

イアン

ああ。何せ、首都エメラルド・シティで新顔が見つかるなんて、記録に残っているスキエンティア史上初めてのことだからな。
今、スキエンティアはあんたの話題で持ち切りだぜ。

メグミ

──僕はそんな大層な存在じゃないですよ。
自分一人、親友一人の命も守れなかった、ただの弱い人間です。

イアン

……。(まじまじとメグミの顔を見つめる)

メグミ

な、なんですか?

イアン

いや、お前……やっぱり退院したらうちに遊びに来い!
コグレ地区のニールセンのおやっさんの古道具屋な!道はその辺りの奴に訊け!
いいか、絶対だぞ!約束だぞ!忘れるなよ!

メグミ

は、はいっ。

イアン

やっべ、ちょっと長居し過ぎちまった。
そんじゃま、俺はまだ仕事が残ってるからもう行くわ。
これからよろしくな、メグミ!

メグミ

……はい!こちらこそよろしくお願いします、イアン。

メグミ(M)

そう言って、差し出されたイアンの手を握り返せば温かく、僕は僕の死んだ親友によく似た彼とも、親しくなれそうな予感を覚えていた。

***

オズ

そうだ、メグミ。
肩の傷が完治したら、うちに来ないかね。

メグミ

遊びに、ですか?
博士がよろしいのでしたら、是非——、

オズ

いやいや、そうじゃない。
私と一緒に暮らさないかと言っているんだ。

メグミ

……へ?

オズ

ここを退院しても、どうせ行く宛てもないだろう。
だから、私の家に。どうかね?

メグミ

そんな……!そこまでご厄介になるわけにはいきません!
ただでさえ、博士には多大なご恩があるのです。
これ以上、ご迷惑をおかけするわけには……!

オズ

私がそうして欲しいんだよ。
あ、勿論無理強いをするわけじゃないんだ。
一人暮らしを選ぶ者も多いし、君さえよければ、なんだが。
色気のない生活は嫌かね?

メグミ

そんなことないです!
その……僕もそうできるのであれば、とても嬉しい、ですが……。

オズ

じゃあ決まりだな。
それに色気がまったくないわけじゃあないんだ。
うちには天使が一人いてね。

メグミ

天使?

***

ウロ

一体何をお考えなのですか、博士!

オズ

何のことかな、ウロ。

ウロ

聞きましたよ……。
あの男──メグミ・モリモトを、家に置くという話です!

オズ

ああ、その話か。
我ながら、なかなか素敵な提案だろう?
私も結構、気に入っているんだよ。

ウロ

ふざけないで下さい!
あの男は……危険です!
スキエンティアに災厄を運ぶ存在かもしれない。
あなたにだってどんな災いをもたらすか……!

オズ

ウロ。それは君の私情を多分に交えた見解ではないのかね。

ウロ

!、──それは……。

オズ

科学者として感心しないね。
科学者とは、常に冷静であらなければならない。

ウロ

……。

オズ

私は私が自分で考えて決めたことを変えるつもりはないよ。それをウロがどうしても嫌だというのなら、力づくでも止めてみなさい。
私がどれだけ頑固かということを、ウロはよく知っているはずだろう?

ウロ

……っ!

オズ

私は仕事に戻るよ。冷静になって、よく考えてみることだ。

◆オズ、立ち去る。
 ウロ、よろよろと数歩歩いて、どさりと壁に体を預ける。

ウロ

力ずくで、だなんて……そんなこと、できるはずがないでしょう……?
あなたは私の、心の恩人なのですから……。

to be continued.