スキエンティア

第一話 ようこそ、スキマの国へ

作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:約15分

女神は微笑む。三つの掟を守りさえすれば。
誰もが強烈な死の体験を抱えるスキマの国、スキエンティア。閉ざされた世界の秘密を解き明かすために足掻き続ける人々は、その先に何を見出すのか。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

メグミ・モリモト(森元 恵) 22歳の日本人で、軍人。生真面目過ぎるきらいを仲間たちにからかわれるようなたちの青年だった。手先が器用で、要領がいい。絵に描いたような好青年を装っているが……。
オズ・ナツオ(小津 夏生) Project Ozの第一人者で、物腰の穏やかな老人。美しい白髪と優しい銀色の瞳を持ち、常に白衣を身に纏っている。周りからは博士と呼ばれる。見た目通りに優しく聡明だが、妙なところで無精で抜けている。
ウロ ストレートの黒髪を持つ、冷めた印象の女性。メグミと同じくらいの年頃。Project Ozの研究者の一人。誰に対しても素っ気ないが、オズには心を開いている様子。メグミを敵視する。
恵(M)

終わりだ。じりじりと網膜を焼く太陽の下で、僕は思った。

昨日、背中から肩に貫通する銃弾を受けた。
戦場で一日、気を失ったり気がついたりを繰り返していた。
周りには日本兵も敵国兵もたくさん倒れていた。
肩にあいた傷口から見える骨の破片の白い色を、「きれいだな」と思った。
そしてとうとう、見つかってしまった。

とてつもなく体の大きな敵国兵が、僕の上に黒々と影を落とす。
銃口がゴリリと、左のこめかみに押し当てられる。
逆光で、彼の表情はわからない。その彼が、何かを囁いたような気がした。
引き金にかかる指が、ゆっくりと引かれ──、

メグミ

!(ベッドの上で目を覚ます)

オズ

気がついたかい?

◆メグミの横たわるベッドの横で、一人の老人(オズ)が椅子にかけている。

メグミ

ここは……僕は、一体……、っ!(体を起こそうとして、痛みに顔をしかめる)

オズ

ああ、まだ無理に動かない方がいい。君のその肩、なかなかの重傷だよ。
ここまで辿り着けたのが奇跡のようなものだ。

◆メグミ、自分の肩の傷に治療が施されていることに気がつく。
 思い出したようにこめかみに手をやって、驚く。

メグミ

ぁ……、こめかみの傷が、ない。あの状況で、確かに撃たれたはずなのに……。

オズ

死の瞬間に受けた傷は、この世界では残らない。

メグミ

オズ

他の傷も癒えてしまえばいいんだが、どうやら全てがそううまくは運んでくれないらしくてね。──酷い傷だ。痛むだろう、可哀想に。

メグミ

僕は、死んだのですか。だとしたらここは、死後の世界なのですか。

オズ

その答えは未だ、闇の中だよ。

メグミ

……?

◆オズ、おもむろに立ち上がって窓辺に立ち、外の景色を眺める。

オズ

今はわからなくていい。ゆっくりとこの世界のことを理解していけば。
時間はたっぷりと、あるのだから。

メグミ

……あの!

オズ

うん?(振り返る)

メグミ

……は……のですか。

オズ

え、

メグミ

戦争は……終わったのですか。

オズ

戦争?──……そうだな。
私が過去いた世界では、そういうものもあったそうだが、この世界で戦争というものがあったという話は聞いたことがないし、私もそれを体験したことはない。
とても惨いものだということは、聞いたことがあるがね。

メグミ

僕は、もう……人を殺さなくても、いいのですね。

オズ

ああ、そうだ。

メグミ

──死にたくないと口にしても……いいのですね。

オズ

ああ、そうだよ。

メグミ

──っ……!(静かに涙をこぼす)

◆オズ、メグミの横たわるベッドに歩み寄り、傍らに腰かけ、そっと肩を抱く。

オズ

……つらい思いを、したんだね。

メグミ

(表題)「スキエンティア 第一話 ようこそ、スキマの国へ」

***

◆メグミ、ベッドの上で体を起こし、ぼんやりと窓の外の見慣れない景色を眺めている。
 少しの間部屋を離れていたオズ、磁器のカップを二つ手に戻ってくる。

オズ

どうだい、少しは気分が落ち着いたかい?
──ウロが珈琲を淹れてくれた。
(カップを一つ手渡す)

メグミ

はい、大分落ち着きました。
(カップを受け取りながら)ありがとうございます。
……ウロ、とは?

オズ

ここで働いている女性ひとだ。エメラルド・シティにいる間、いろいろと君の身辺の世話を焼いてくれることとなる。研究所の者で多少なり医療の心得がある者は、彼女だけだからね。ああ、勿論、君の肩の傷は定期的にちゃんとした医者が見に来てくれるから、安心したまえ。
(珈琲を一口啜って)──あの子は料理はてんでだめだが、珈琲を淹れるのだけはうまくなった。まあ、少々ぶっきらぼうな子だが、彼女にもいろいろと事情があってね。
その辺は、大目に見てやってくれたまえ。

メグミ

はあ……。

◆メグミ、珈琲のカップには口をつけないまま、ぼんやりしている。

オズ

ん?どうしたんだい?珈琲は好かなかったかね?

メグミ

いえ、そうではなくて……。
エメラルド・シティとか、研究所とか、わけがわからないことだらけで……。

オズ

ああ、そうだった!私としたことが、いけないいけない!

メグミ

オズ

私はまだ君に、自己紹介もしていないじゃあないか!
これはとんだ失礼をした!

メグミ

別にそういうことを言っているわけではなく……。

オズ

私はオズ。オズ・ナツオ。みんなからは博士と呼ばれているよ。
この研究所で、ロケットの研究・開発を進めている。

メグミ

ろけっと……?

オズ

ふむ。その辺りの話もまたおいおい、説明していくとしよう。
君の名前は?

メグミ

──メグミ。メグミ・モリモトです。

メグミ(M)

僕がその時西洋風の名乗り方をしたのは、白衣を纏った目の前の老人が、とても優しい銀色の瞳をしていたからだった。
それからすぐに、老人が日本式の名乗り方をしたことに気がついたのだが……。

オズ

メグミ。メグミか。いい名前だ。あとで役所に、正式に届け出ておくこととしよう。

メグミ(M)

あっさりと、流されてしまった。

メグミ

──あの、それで、ここは一体どういったところなんでしょう。
死後の世界にしては痛みもある。意識も随分はっきりとしている。しかしここは僕がさっきまでいた戦場じゃあない。何が何だか、わけがわからなくて……、

オズ

(被せて)シッ!(悪戯っぽく、唇に人差し指を押し当てる動作)

◆メグミ、面食らって押し黙る。

オズ

その前に、君にはまずこの世界の大原則を教えておかなければならないようだね。

メグミ

大原則?

オズ

〝過去を語るべからず〟
〝過去を尋ねるべからず〟
〝スキエンティアに落ちること、それは再び母の懐より生まれ落ちること〟

メグミ

スキエンティア……?

オズ

そう、それが君の落とされたこの小さな世界、そしてその世界を統べると言われる女神の名だ。
いいかい、この三つの原則を決して破ってはいけないよ。
君が元いた戦場や戦争のことも、この世界で語ってはいけない。
まあ、ここで多少なり口を滑らせてしまったことは、みんなには黙っといてあげよう。私もちょっと過去いた世界のことを喋ってしまったし、まあそこはお互い様というやつだ。

メグミ

世界……。

オズ

そうだ。ここに落とされる者たちは、皆強烈な死の体験を抱えている。
君もおそらく、そうなのだろう?

メグミ

……はい。

オズ

君は死後の世界って、どんなものを想像していた?
地獄?天国?それとも極楽浄土かね?

メグミ

……。

オズ

私にはね、この世界がそのどれに組しているとも思えない。
いわばここは、生と死の狭間──どちらにも属さない、スキマのような場所なのではないかと、そう考えているのだよ。
まあ現状ではあくまでも、仮説に過ぎないがね。

メグミ

スキマ……。

オズ

つまり誰にも、わからないんだ。自分たちが今、生きているのか、死んでいるのか。そして私たちはこの小さな世界から抜け出そうと、遥か昔から足掻き続けている。
無駄な足搔きかもしれないがね。

メグミ

……。

オズ

何はともあれ──メグミ・モリモト君といったかな。

◆オズ、銀色の瞳を細め、メグミに向かって穏やかに微笑う。

オズ

ようこそ、スキマの国へ。
歓迎するよ。我らが知識と科学の女神・スキエンティアの名にかけて、ね。

***

ウロ

……どうも。

メグミ(M)

一杯の珈琲を飲み終えたのち、博士が僕の部屋に連れてきたのは、僕と同じ年の頃合いの一人の女性だった。漆黒の髪は腰ほどまでもあり、そして博士と同じく白衣を身に纏っている。
この研究所の研究員の一人であるように見えた。
にこりともせず、整った容姿と相まって、まるで作り物のようだった。

オズ

紹介するよ、メグミ。彼女が先程も話したウロだ。

メグミ

はじめまして、メグミ・モリモトといいます。
これからお世話になります、どうぞよろしくお願いいたします。
(半身を起こしたまま、深々と一礼)

ウロ

……。

メグミ

えーっと、あの……ウロ、さん?

オズ

ほらウロ、メグミが困っているだろう?ちゃんと挨拶をなさい。

ウロ

………どうも。

オズ

はあ……。(溜め息)

(メグミだけに聞こえるように、こっそりと)すまないね。愛想はないが、悪い子じゃあないんだ。それに、同じ年頃の君と関わるのは、ウロにとってもいい刺激になる。まあ、最初はちょっと取っつきづらいかもしれんが、仲良くしてやってくれ。

(オズの携帯が鳴る)……おっと、部下からの呼び出しのようだ。
それじゃあすまないがウロ、しばらくメグミの様子を見てやっていてくれたまえ。
彼の傷は重傷だ。容態が急変しないとも限らないからね。

メグミ

え、あのっ、ちょっと……!

ウロ

わかりました。

メグミ

えぇっ!?

オズ

それじゃあウロ、彼を頼んだよ。

◆オズ、立ち去る。

ウロ

……。(ウロ、ベッドの傍らの椅子に腰を下ろす)

メグミ

……。

◆沈黙

メグミ

……あ、あの、

ウロ

(目を合わせようともせず)何ですか?

メグミ

えっと……さっきは珈琲を、どうもありがとうございました。
とても美味しかったです。

ウロ

(目を合わせようともせず)別にあなたのために淹れたわけではありません。
博士に頼まれたから、私はその指示に従っただけです。

メグミ

そ、そうですか……。

ウロ

ええ。

メグミ

……。

ウロ

……。

メグミ

……あ、あのう、

ウロ

何ですか?

メグミ

いえ、えっと、その……ウロさんはこの研究所で働いているんですよね。
どういったお仕事をされているんですか?

ウロ

(ゴミを見るような目で)気安く名前で呼ばないで下さい。不愉快です。

メグミ

……へ?

ウロ

それに、どうして私が私の仕事の内容をあなたに教えなくてはならないのですか?
状況を考慮するに、私にそのような義務はないものと推察します。
よって、黙秘権を行使します。

メグミ

……えーっと、もしかしなくても僕、あなたに嫌われてます?

ウロ

はい。私はあなたが嫌いです。

メグミ

それはまたどうして……。
僕はあなたに何かする隙も暇もなかったと思うのですが……。

ウロ

はい。あなたは私に何もしていません。
ただ、存在しているだけで、ムカつくのです。

メグミ

……はあ!?何ですかそれ……意味がわかりません!
僕はわけもわからずこの世界に落とされて、あなたとは知り合ったばかり──というか顔だって今さっき知ったばかりで、どうしていきなりそんな因縁つけられなくちゃならないんですか!?一体僕の何があなたの気に障ったっていうんです!?
答えて下さいよ……!あなたには答える義務があります!

ウロ

あなたを一番最初に見つけたのは、博士でした。

メグミ

え?

◆ウロ、初めてまともにメグミの顔を見る。

ウロ

お昼の休憩に外に出かけて──エメラルド・シティの〝女神の泉〟のすぐそばに倒れていたそうです。
これはとても珍しいことなんです。
普通、スキエンティアに落とされる人間は、この小さな世界の首都、エメラルド・シティを外れた、一般居住区画──ソトバ地区やコグレ地区、メロウ地区等に発現しますから。ですから博士は今回の事例を、スキエンティアの変化の兆しと考えていらっしゃる。

メグミ

……。
えーっと、それで?

ウロ

だから私はあなたが嫌いなんです。

メグミ

いやいやいやいや、話の繋がりが全く見えてこないんですけど?

ウロ

つまり博士は、あなたの存在を特別視しているのです。スキエンティアの変化の兆し。それすなわち、私たちがこの世界に、ある一つの答えを見出す兆しです。

スキエンティアに落とされた人間は、皆最初はこの研究所に運び込まれて目覚めを迎えます。そういう決まりになっているのです。その間中、誰かが尽きっきりでその者をていなければならない。目覚めて、錯乱状態に陥る者も中にはいますからね。
博士自らその役目を買って出たのは、今回が初めてでした。

あなた、自分が何日寝ていたか知っていますか?まる三日ですよ。その間中、博士は寝食さえも惜しんで、研究の合間を縫ってはあなたのそばについていた。
これからも、博士はあなたを特別な存在として扱うことでしょう。
その事実が、私は気に食わない。

メグミ

それって完全に、ただの言いがかりじゃあないですか!

ウロ

そうですね。

メグミ

そうですね、って!

ウロ

それでも私があなたを嫌いなことに変わりはありません。

メグミ

……!……!!(絶句)

ウロ

余計なおしゃべりはこれくらいにしませんか?
私、できればあなたの顔も見たくないんです。

メグミ

だったらどうして僕の世話係なんて安請け合いしたんですか……!

ウロ

博士に頼まれたからです。当然でしょう。

メグミ

な……っ、なっ!

ウロ

とにかく私のことは、いないものと思って下さい。
私もあなたをいないものとして扱いますので。

メグミ

なんですかそれはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!

to be continued.