カルチェラタン

第十七話 僕たちの罪と罰/エピローグ 愛してる

企画:Familiar Company
作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀2
時間:約30分

廃百貨店・カルチェラタン。
謎に包まれた〝貝の火〟を巡り、闘技者たちは人知れず、日々カルチェラタンで抗争をする。光を求めて闘い続ける、透明な子供たちの行く末は──。

《これまでのあらすじ》
桜庭嵐、コードネーム・旅人。異端の少年闘技者は、盲目の義父のために闘い、殺し、罪を重ね続ける。嵐の相棒・生き人形ローズと、嵐の友人である千景のチームは、ついに協力関係を結んで嵐を罰から救おうとするが──。罪と罰と愛の物語、完結編。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

桜庭 嵐さくらば あらし
コードネーム:旅人。女性演者推奨。カルチェラタンの闘技者の一人で中学三年生。小柄で身体能力も低いが、最強の人形とうたわれるローズの主であり、カルチェラタンで畏怖されている。ナイフ〝スピカ〟を手に入れたことにより、ついに自らも闘う力を得る。
君島千景きみしま ちかげ
コードネーム:ユダ。カルチェラタンの闘技者の一人。クラスは違うが嵐の同級生。ナイフ使い。頭がよく、身体能力も高い。嵐に固執し、たびたび奇襲を仕掛ける。飄々としていて掴みどころがなく、その行動原理は仲間ですら理解できないことも多いようだ。
猫娘
本名:魚住杏梨。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。嵐の同級生で、千景と同じクラス。身体能力は並だが、射撃において彼女の右に出る者はいない。マイペースで、ローズちゃんにぞっこん。麝香鼠とは犬猿の仲。背が低く、貧乳なのを気にしている。嵐が好き。
麝香鼠じゃこうねずみ
本名不明。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。歳は嵐たちよりちょっとだけ上。猪突猛進型で、いわゆる脳筋。馬鹿。とにかく馬鹿。しかし身体能力と動体視力はずば抜けており、肉弾戦ではトップクラスの実力を誇る。猫娘とは犬猿の仲。
管理人
廃百貨店・カルチェラタンの管理人。その顔を知る者は直属の部下のみ。全てが謎に満ちた人物。その正体は……。一台詞のみ。
名前だけ登場する人物
ローズヒップ・ジンジャー
まるで本物の人間のように精巧に作られており、自分の意思で喋り、動きもするが、人形である。嵐を主として付き従い、なんだかんだで嵐のことを慕っている。容姿は幼いが戦闘に特化しており、最強の人形とうたわれる。その右目に、光をもたらす宝珠・貝の火を宿す。
イタドリ
廃百貨店・カルチェラタンの守衛。正体は嵐の義父・桜庭雀の左目の光=罪の心の象徴。貝の火と対を成す存在。

(表題)「カルチェラタン 第十七話 僕たちの罪と罰」

嵐(M)

殺して、殺して、殺し続けて……随分歩いたな。見たこともないところに、入り込んでしまった。カルチェラタンの最上階。テナントは、ない。碁盤の目のような廊下に、整然と扉だけが並んでいる。かつてはここを、百貨店の支配人や偉い人たちが歩いたんだろうか……、!!

〝管理人室〟……?(何かに取り憑かれたように、扉を開ける)

◆殺風景なだだっ広い部屋に、立派な机と椅子だけが置いてある。静寂。

誰も、いない……?

◆嵐、部屋に足を踏み入れる。内装を見渡しながら机に歩み寄り、古い天板をそっと撫でる。

〝あの人〟は幽霊だって、イタドリさんが言ってた……。
じゃあ、彼は僕には見えないのかな。見えていないだけで、今もあの人はこの部屋のどこかにいて、僕を見てるのかな。……え?何か、聞こえる……?

◆部屋中がガタガタと震え始める。

亡霊たち

……の子、そこのけそこのけお馬が通る!
雀の子、そこのけそこのけお馬が通る!!
雀の子、そこのけそこのけお馬が通る!!!

(被せて)うるさいっ!!!!

◆嵐がバン!と机を叩くと、亡霊たち、静まり返る。

千景

見つけたよ、嵐くん。

◆いつの間にか管理人室の入り口に、千景が立っている。

……千景くん?どうして、ここに……。

千景

きみを助けるために。

僕を、助ける?……余計なお世話だよ。

千景

嵐くん……。

きみとはもう、ここで出会いたくなかった。だって千景くんは、友達だから──これ以上醜くなっていく僕の姿なんて、見られたくなかった。

千景

……服、すごい血。それ、嵐くんの血じゃないよね。全部返り血だ。……なるほどね。どうして〝彼女〟の瞳がああなってしまったのか、納得したよ。

〝彼女〟?

千景

ネズミ。

麝香鼠

ああ。

◆ローズを抱いた麝香鼠、部屋に入ってくる。ローズの瞳孔は開ききり、四肢は力なく垂れ、ぜんまいが壊れたかのように体全体が痙攣し、ギ、ギ、と軋んでいる。

!、ローズ……?ローズお前どうしたんだ!?一体何が……っ!?
ぁ……、右目……貝の火が、白く濁って……?

麝香鼠

今さっき、俺たちをお前のところへ導いてる最中に、突然この状態になったんだ。それからしばらくして、右目が急速に白く濁っていった。
もう喋れないし、動けない。ただの壊れた生き人形だ。

……!

◆猫娘、部屋に入ってくる。

猫娘

嵐。こんなになったローズちゃんを見て、どう思った?

……うお、ずみ。

猫娘

ローズちゃんは貝の火の意志を裏切って、あたしたちに嵐の危機を伝えに来てくれた。だからきっと、貝の火にお前なんかもういらないって、捨てられちゃったんだよ。

麝香鼠

俺たちに全てを伝えたあとの人形は、まるで何かに追われるかのように急いでた。
わかってたんだろうな。自分はもう、そう長くは持たないと。その最後の時間さえも、こいつは旅人──いや、桜庭嵐さくらばあらし。お前のために使ったんだ。

猫娘

嵐を思って動いたから、ローズちゃんはこうなったんだよ。それでもまだ、光と引き換えに罰を受けようって思う?こんなにも嵐のことを想っている子がいたって知っても?

……。

猫娘

答えて、嵐。

……っふ……あはははははははっ……あっはははははははははははははは!

猫娘

え……、

麝香鼠

あ?なんだァ?

千景

……!

お手柄だよローズ。その濁った右目。ついに僕の罰が実ったんだね。そっちから来てくれるなんて、お前を探す手間が省けてラッキーだ。だから礼を言うよ。ありがとう、ローズ。

猫娘

……!

麝香鼠

てンめえ……!

千景

っ!(嵐の横っ面をぶん殴る)

!!(殴られた勢いのままに、倒れる)

猫娘

千景!

麝香鼠

……!

……たた。何するの千景くん。いきなり人の顔殴るなんて、酷いじゃないか。

千景

……嵐くん。それがきみの本当に、本当の気持ちなら、俺はお前を許さないよ。

何言ってるの?本当の気持ちに決まってるでしょ?僕はローズに感謝してる。心の底からね。ずっと一緒に闘ってきたんだ。おまけに最後まで僕のために尽くしてくれて、ローズ以上のしもべなんてほかにいないんじゃないかな。
(体を起こしながら)さ、千景くん。そこをどいてくれる?罰はもう実ったんだ。あとはその右目を壊して、中の光を取り出すだけ。やっと光は、僕のものになった。

千景

させないよ。

……?、どうして僕の邪魔をするの?もう光はすぐそこにあるのに。
いい加減諦めてよ。じゃなきゃ、また闘うことになるよ。

千景

そのつもりだよ。俺のアークトゥルスが、嵐くんを止める。(ナイフを抜く)

……へえ。まだ僕を止められると思ってるの?

千景

当然でしょ?俺の諦めの悪さ、知らないわけじゃないよね。

クスッ……わかった。相手になるよ。
ここで闘うのも、どうせこれが最後だろうからね。(ナイフを抜く)
さ、やろうか、スピカ。

千景

ネズミ、ネコ。お前らはローズちゃんを守ることに徹しろ。
こいつの相手は、俺がする。

猫娘

でも……!

麝香鼠

(被せて)任せとけ、千景。

猫娘

!、……わかった。

用心深いんだね。

千景

かつては戦略家・旅人と呼ばれたきみだからね。
用心に用心は重ねておかないと。

うん、なかなかいい着眼点だと思う、よっ!(攻撃)

千景

くっ!(受け止める)

その通り!僕は隙あらばローズの右目を壊そうと、今か今かと狙ってる……!僕のスピカがローズの右目に届いたら、そしたら今度こそ千景くん、きみの負けだ。クスッ、せっかくの最後のゲーム、楽しもうね?千景くんっ!(つばぜり合い)

千景

……嵐くん。きみは本当に変わったね。残念だよっ!(受け流す)

っ!(バランスを崩す)

千景

でも!アークトゥルスとスピカ、一対一の勝負なら、絶対に、俺は負けないっ!(攻撃)

ぐ!(かわす)……っは、よく言うね……!
一対一の勝負の真っ最中に戦意喪失したの、どこの誰だっけ!?(攻撃)

千景

……っと!(かわす)っあは、あん時の俺、ダサかったよねー。
でも、全てをちゃんと受け入れることのできた今なら、俺がきみなんかに負ける未来なんて、あり得ないんだよっ!(攻撃)

ッ……!(血しぶきが上がる)

***

猫娘

嵐、血が……!いやだっ……もうこんな闘い見たくないよ……!

麝香鼠

安心しろ。ナイフとナイフのぶつかり合いなんざ、勝負はすぐつく。
……なあ、人形。見えてるか?はっ、もう見えないよな。でも大丈夫だ。俺らのボスが、てめえのあるじを助けようとしてる。

猫娘

ローズちゃん……。

麝香鼠

強い奴とやりたくて、ただそんだけの理由でここに来たのに、まさかこんなドロッドロの修羅場に巻き込まれちまうなんてな。想像もしてなかったよ。

猫娘

……うん。ごめんね。

麝香鼠

なんでお前が謝んだよ。

猫娘

だって、ネズミは何も関係なかったのに……、

麝香鼠

いいんだよ。千景やお前が訳ありだってわかってても一緒にいること、俺が選んだんだ。最後まで付き合うさ。それに、こういうのもやりがいあって悪かねえ。
なんかよ、不思議と満ち足りた気持ちなんだ。どっちが勝っても、たぶん俺は後悔しないと思う。関係ねえから、こんなこと言えんのかもしれねえけどさ。

猫娘

ネズミ……。

***

……ったー。千景くんとの勝負でこんなに血が出たのなんて、はじめてかも。
もしかして千景くん、今までずっと僕に、手加減してたの?

千景

今更。お前みたいな弱っちい小動物、俺が本気出せばイチコロなんだよ?だから俺はずっと、ローズちゃんと隔絶された嵐くんとやる時、本気なんて出したことなかった。
でも今は、そんなこと言ってる場合じゃないからね。ちょーっと酷い怪我させちゃっても、もちろん許してくれるよね?嵐くん。

……僕が、弱っちい小動物?……舐めるなぁッ!!!(攻撃)

千景

うお!……っぶね!(避ける)

僕が今まで何人殺したか、知ってる?あはは、僕にもわかんないんだあ……!わかんないくらいいっぱい、殺しちゃったからさあ。僕と千景くん、確かに単純な実力だけでいったら、千景くんが断然上だろうね。でも、僕ときみには同時に決定的な差がある……!それは、人を傷つけることへの躊躇が、あるか、ないかだっ!(攻撃)

千景

ちィっ……!(避ける)

千景くん。きみは心のどこかでまだ迷ってるよね。僕を傷つけることに。じゃなきゃさっきの一撃が、勝負を決める決定打となっていたはず。違う?

千景

……!

だけど僕のやいばに、迷いはないんだよ……!たくさん、たくさん、殺したから。たとえ千景くん、相手がきみだろうと、僕は迷わずきみを傷つけられるんだよォっ!(攻撃)

千景

うっ!(食らう)

どうしたの?反撃しないの?ほら!ほら!!(攻撃)

千景

ぅあっ!ぐ……!(食らう)

きみがいつまでも僕を傷つけること躊躇ってるなら、この勝負、僕が勝っちゃうけど、いいのかなあっ!?あははははははははは!!!!(攻撃)

千景

嵐くん!(受け止める)

千景

……ねえ。もううそつくの、よしたら?

っ!、何を、言って……、

千景

もうやめよう、こんな茶番。ちゃんと嵐くんの本当の気持ち、言ってよ。

僕は、うそなんかっ……、

千景

(被せて)バレバレなんだよ。だってさっきから嵐くん、ずっと泣きそうな顔してる。

……っ!

猫娘

嵐……。

麝香鼠

……。

千景

ほんっと、昔っからうそつくの下手くそだよね、嵐くんって。素直っていうか、馬鹿正直っていうか。ま、貝の火のことは、まんまとしてやられたけど?
でもさ、あれだって詰めが甘かったよねー。俺ならもっとうまくやれた。

……馬鹿とか、言うなよ。

千景

っあは、ごめんごめん。で、なんでそんな顔してんの?ちゃんと話してくれるよね、嵐くん。きみと俺、もうどれだけの付き合いになると思ってんのさ。
俺に真っ向からうそつこうなんて、無理なんだよ。

……。

千景

ああ、別に怒ったりしてないから、安心しなよ。だから、さあ、話して?

……もうここできみと出会いたくなかった。醜い姿を見られたくなかったからってだけじゃない、もうきみと闘いたくなんかなかったんだ。
だって千景くんは、友達だから。

千景

!、……嵐くん。

本当はきみを傷つけたくない……!でも、友達だったはずのきみを傷つけることすらもう厭わない自分に、心底嫌気が差すっ……自分を、消してしまいたくなるっ……。ローズにだって!こうなる前に、ちゃんとありがとうって伝えたかった。謝りたかったっ……!

千景

まだ間に合う!

駄目だよ。もうローズに僕の声は届かない。全部手遅れだ。……だから、(千景のナイフを受け流して脇をすり抜け、ローズの方へ駆ける)

千景

!、しまっ……!

嵐(M)

ローズ。せめてかけがえのないきみの最期は、僕のこの手で。
そして僕はすべての、罰を受けよう。

っ!(ナイフを振りかざす)

麝香鼠

なっ!

猫娘

だめェッ!(両手を広げて嵐の前に立ち塞がる)

ぇ、(判断が間に合わず、そのまま力一杯ナイフを振り下ろす)

猫娘

うっ!(肩から血しぶきが上がり、その場にくずおれる)

麝香鼠

ネコ!

千景

!、魚住うおずみちゃん!(駆け寄る)

麝香鼠

何してんだ、お前!武器は!

猫娘

えへへ、へーき……ちょっと、血が出ただけ……。
無我夢中で、ドジっちゃった……。

千景

傷が深い……ネズミ、止血を!

麝香鼠

ああ!

……ぁ……。

魚住(幼稚園)

〝あらしー!ちかげー!はやくしなさいよー!〟

……あぁ……っ、

魚住(幼稚園)

〝あたしのしょうらいのゆめはねー、あらしのおよめさん!〟

……あぁぁぁあ……!

魚住

〝女の子はね、好きな人のためなら何だってできるのだよ♪〟

千景

……嵐くん?

ッあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁアぁぁぁあ!!!!!!!!!!!

◆嵐の絶叫と同時に、貝の火が砕け散る。

麝香鼠

人形の右目が、砕けて……!?

千景

!、貝の火が!

猫娘

……!

僕は……なんてことをっ……!大事な人たちを……魚住を!
たくさんの人を、傷つけてっ……!

◆砕けた貝の火の中から、焔が浮かび上がる。

麝香鼠

……あア?なんだこりゃ。蛍か?

猫娘

すっごく綺麗な……焔?

千景

!!、罰のほのお……!それを嵐くんに近づけさせるな!

麝香鼠

は!?近づけさせるなっつったって、どうやって……!

猫娘

あ……!焔が、嵐の方に……!

千景

嵐くん!

え?……ぅわ!

◆千景、嵐に駆け寄って突き飛ばすが間に合わず、共に焔を受ける。焔は二つに分かれ、ひとつは嵐の右目に、もうひとつは千景の左目に飛び込む。

うっ……!

千景

ぐっ……!

麝香鼠

千景!

猫娘

罰の焔が、二つに分かれて……!嵐の右目と、千景の左目に……!?

◆しばしの収束ののち、嵐と千景の体、罰の焔に燃え上がる。

嵐・千景

うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!!!!!!!!!!

麝香鼠

な……!?

猫娘

二人の体、燃えて……!?何が、起こってるの……!?

《罰の焔に灼かれながら》

……っ、千景くん、どうしてっ……、

千景

!、……クスッ、何が?

これは……僕の罰だ。どうして千景くんまで、罰を……!

千景

っあは、なんでだろ。気がついたら体が勝手に動いてた。
嵐くんを、助けたかったからかな。ま、あんだけ大口叩いといて、結局ちゃんと助けてやれなかったわけだけど。俺、かっこ悪いなー。

……馬鹿じゃ、ないのか。

千景

そうかもね。やっぱり俺は相当きみに、入れ込んじゃってるみたいよ。
でも、これで罰は嵐くんと俺、半分ずつだ。

千景くんが罰を受ける理由なんて、どこにもなかったのにっ……!

千景

いいんだよ、嵐くん。これでいい。おじさんの目、俺も責任感じてたし、それに嵐くんは俺の、世界で一番大事な人だから。

……!

千景

あの日、きみが俺を見つけてくれていなかったら、きっと俺は今も透明な子供のままだった。俺はきみに、あの透明な世界から掬い上げられたんだ。だから嵐くんのためにできることがあるなら、例えこの身を投げ打っても構わない、きみのために全て捧げようって、ずっと思ってた。もともときみに助けられてなかったら、生きながらにして死んでいたような存在だ。本望だよ。俺はきみを助けることはできなかったけど、でも、だから、せめて罰を分け合おうと思う。きみは罰を受けるけど、絶対にひとりぼっちにはならない。一緒に、行くよ。

……千景、くん。

千景

さ、そろそろ時間みたいだ。お別れだよ。世界に最後の、挨拶を。

世界に、最後の……。僕がこの世界に、遺したいものは……、

***

猫娘

……っ、嵐!千景ぇっ!(二人に駆け寄ろうとする)

麝香鼠

……。(ネコの腕を捕らえる)

猫娘

!!、離してよ、ネズミ!撃つわよ!

麝香鼠

撃ちたきゃ撃てよ。俺は力ずくでもお前を止める。

猫娘

……っ、離せッ!

麝香鼠

馬鹿の俺でも今あそこに行ったらやばいってわかるんだ。
お前だって、あいつらに近づきゃどういうことになるかわかんだろ。
だからネコ。お前は黙ってここで見てろ。

猫娘

わかってるわよ!わかってるから行かなきゃいけないの!二人とも、あたしの大事な人なんだから!大体なんであんたにそんなこと指図されなきゃなんないのよ!

麝香鼠

(被せて)そうだ、俺は千景やお前や桜庭嵐の事情なんかなんも知らねえ、部外者さ。けどな、ネコ。お前はカルチェラタンで、ずっと一緒に闘ってきた仲間なんだ。
そう簡単に死なせてたまるかよ。

猫娘

……!、ネズミ……。(涙が一筋頬を伝う)

***

嵐(M)

魚住。そういえば僕のことを好きになってくれた女の子は、きみがはじめてだったな。僕のために、こんなところまで来てくれた。僕らはこの世界に彼女を残していってしまうけど、麝香鼠じゃこうねずみさん。僕らのぶんまで、魚住をよろしく。
ローズ。父さんの欠片を、その身に宿した女の子。きみがいなかったら、僕はとっくにこの不毛の地で、死んじゃってたかもしれない。最期まで、僕のことを想って動いてくれた。ちゃんと最期の言葉を伝えられなかったのが、今も心残りだ。
父さん。本当の息子でもない僕を、いつも守ってくれた人。僕は最初に願った通り、あなたに光を取り戻すことはできたけど、でも、確かに親不孝者の、出来の悪い息子だったかもしれない。だってこうして罰を受けて、あなたの前から消えてしまうんだから。
!、イタドリさん……?そうか、貝の火が砕け散った今、その片割れであるあなたも、この世界から消えゆくんですね。あなたもずっと、そばで僕を見ていてくれた。助けようとしてくれた。雀の名は捨てても、やっぱりあなたは僕のもう一人の父さんだったと、そう思う。
どうか安らかに、眠ってください。僕の、大事な──大事な、人たち。

ありがとう。……さよなら。



エピローグ 愛してる







◆魚住、電話をしている。

魚住

……あ、もしもし、香太郎こうたろう
あたし、杏梨あんり。今日ってさ、ひま?もしひまだったら例の場所、一緒に行こうかなって思って。うん。うん。じゃあすぐ家出るから、現地集合ね。
いーでしょ、待ち合わせとか面倒くさいの!
それじゃ、あとでね。(電話を切る)

あら、杏梨。どこか行くの?

魚住

うん!ちょっと香太郎と。

香太郎?……ああ、あそこで一緒だったっていう、藤堂香太郎とうどうこうたろうくんね。
あなたたち、すっかり仲良くなっちゃったのね。

魚住

そうなの!なんか、はじめて会ったような気がしなくって。
だから喧嘩も、いっぱいしちゃうんだけど。

ふふっ、そう。でも、気をつけるのよ?こないだあんなことがあったばかりなんだから。肩の傷だって、まだ完全に塞がったわけじゃないし……。
まあ、藤堂くんが一緒なら大丈夫だとは思うけど。

魚住

もう、お母さん心配しすぎぃー。大丈夫だって!そんなに遅くならないようにするからぁー!それじゃ、いってきまーす!

はいはい、いってらっしゃい。……クスッ、あの歳になって女の子があんまり元気すぎるっていうのも、困りものね。

魚住(M)

まだ記憶に新しい、あの日。夜遅くになっても家に帰らず、捜索願いを出されていたあたしは、肩に深い刺し傷を負った状態で、廃百貨店カルチェラタンの最上階から発見された。現場には、藤堂香太郎という、近くの高校に通う男の子も、一緒に倒れていたという。
警察の事情聴取も受けたけど、あたしも香太郎も、あの日何があったのか、何も覚えていなかった。そもそもあたしは、あんな寂れた建物が今もこの町のどこかにひっそりと佇んでいるなんて噂、ただの都市伝説だと思っていたのだ。どうしてあたしたちがあの場所にいたのか、知らない。あたしを刺したのが誰かも、未だ何の手がかりも見つかってない。
だからあたしと香太郎はもう一度、あの場所に行ってみることにした。

藤堂

おっせーぞ、杏梨!すぐ家出るって言ったのはどこのどいつだよ。

魚住

ごっめーん!ここの道、まるで迷路みたいに入り組んでるんだもん。ちょっと迷っちゃった。家出るとき、お母さんにも足止め食らっちゃったし。

藤堂

……肩は。

魚住

え?

藤堂

もういいのか。傷。

魚住

ああ、もう全然大したことないよ。大丈夫。
心配してくれてありがと♪

藤堂

なっ……誰が心配なんかするか!俺はただ……!

魚住

(被せて)それにしても、改めて見ると本当におっきい建物だねえー。
こんなのがこの町にあったなんて、未だに信じられないよ。

藤堂

人の話聞けよ!

魚住

さ、人目のない今のうちにさっさと中に入っちゃお!
一応ここ、立ち入り禁止区域なんだから。

藤堂

お、おう。

◆二人、通用口から中に入る。

魚住

うわあ、暗いしきったなーい!十五年も放置されてたんだから、そりゃそうか。

藤堂

……静かだな。まるで世界から隔絶されちまったみたいだ。

魚住

やっだー。香太郎って、意外とポエマー?

藤堂

うっせ!

魚住

さ、最上階を目指すわよー!
エレベーターなんてもちろん動いてないんだから、階段で一気よ一気!

藤堂

うげ、まじかよ……。

魚住

男なら文句言わずにキリキリ足動かす!

藤堂

(ため息)へいへい。

魚住(M)

あたしたちはわざとふざけて、明るく振る舞っていたのかもしれない。そうでもしないと本当に、世界から隔絶されたようなこの静寂に、呑み込まれてしまいそうだったから。

魚住

よっし!最上階、到着ー!

藤堂

ゼエ、ゼエ……おま、なんでそんなにピンピンしてんだよ。
階段何階分のぼったと思ってんだ……。

魚住

香太郎が男のくせにスタミナなさすぎるだけでしょ!
ほら、さっさとあの部屋探すわよ!

藤堂

確か、〝管理人室〟とか書いてあったっけか。
これだけ扉ばっかり並んでると、探すだけでもひと苦労……、

魚住

あー、あったー!

藤堂

って、はえーな!

魚住

さあ香太郎、開けて開けて♪

藤堂

ああ?お前が開けりゃいいだろうが。

魚住

何言ってんのよ!中にあたしを刺した犯人が潜んでて、ドアを開けた途端に飛び出してきたらどうすんの!こーゆーのは男の仕事なの!

藤堂

俺は囮かよ……。

魚住

さ、早く早く♪

藤堂

へいへい、わかったよ。……ゴクリ。

◆藤堂、恐る恐るドアを開ける。静寂。

藤堂

誰も……いないみたいだな。

魚住

さー、それじゃあ早速中を探索するわよー!

藤堂

こンのアマ……!安全圏だとわかったら、俺より先に中に入りやがって……!

魚住

ほら、香太郎も探索、手伝いなさいよー!

藤堂

(ため息)わーってるよ。

魚住

だだっ広い割に殺風景な部屋ねえ。机と椅子以外、何もないじゃない。

藤堂

警察は、この建物が放棄されたその時のまんま、誰の手も入ってないって言ってたけどな。コソ泥でも入ったのかね。見ての通り、侵入するのは造作もねえし。

魚住

でも、確かに古そうな机と椅子ね。すごく立派。アンティークかしら?

藤堂

さあな。俺ァそういうのに詳しくないから、わからん。

魚住

でも、これだけ何もないと、警察が既に調べ尽くしてそうな気もするわね。
……ん?机の下に、何か落ちて……あれ、こっちにも。

藤堂

杏梨ー?何かあったかー?何もないならさっさと戻ろうぜ。ていうかもう、見るからに何もないだろこりゃ。こんだけ苦労してのぼって、無駄足かよ……。

魚住

錆びついた、古い──ナイフ、かしら。 不思議な造形……まるで彫刻か、ふたつでひとつの芸術品みたい。 ……ん?何か字が、刻んである。 〝ARCTURUSアークトゥルス〟〝SPICAスピカ〟……?
……!(魚住の頬を、涙が一筋伝い落ちる)
え……?あたしなんで、泣いてるんだろ……?

藤堂

おい杏梨!いつまでもそんなとこに潜り込んで何やってんだ。……あ?なんだ、そりゃ。警察が忘れてったのか?……っておい、お前、何泣いてんだよ!何かあったのか!?

魚住

……痛い。

藤堂

え!か、肩か!?まさか傷口が開いたんじゃねえだろうな。
おぶってやるから、すぐに下に……!

魚住

(被せて)違うの。……わかんない。

藤堂

ああ?肩じゃないならどうしたんだよ。

魚住

わかんない……わかんないけど、痛いの。どこもかしこも痛くて、苦しいのっ……!あたし……なんでっ……!ぅあ……うわぁぁぁぁぁん……!
(ナイフを取り落とし、顔を覆って泣きはじめる)

藤堂

杏梨……。(そっと杏梨の肩を抱く)

***

◆嵐と千景、部屋の片隅からその光景を眺めている。

千景

どう?満足した?

……泣かせちゃったね。

千景

クスッ。大丈夫だよ。彼女には、彼がついてる。

……うん、そうだね。もう行こう、千景くん。それに──あなたも。

管理人

ああ、行くとしよう。私のかわいい子供たち。

千景

……?、嵐くん?まだ何か、心残りでもある?

ううん。一体これからどこに行くのかなあって。

千景

どこにだって行けるよ。だって俺たちは、透明な子供になったんだから。
全てのはじまりと同じ、透明な存在に、ね。

……うん、そうだね。僕たち、どこまでも行こう。

嵐(M)

この選択が正しかったのかどうかなんて、わからない。もしかしたら最初から正しい答えなんて、どこにもなかったのかもしれない。だけど僕は全てを、忘れずにいようと思う。もう会えなくても、触れられなくても、この声が届かなくても、ずっと、ずっと。

──愛してる。

THE END.