カルチェラタン

第十六話 傀儡の意思

企画:Familiar Company
作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂3♀3
時間:約30分

廃百貨店・カルチェラタン。
謎に包まれた〝貝の火〟を巡り、闘技者たちは人知れず、日々カルチェラタンで抗争をする。光を求めて闘い続ける、透明な子供たちの行く末は──。

《これまでのあらすじ》
桜庭嵐、コードネーム・旅人。異端の少年闘技者は、盲目の義父のために闘い、殺し、罪を重ね続ける。殺戮を重ねる嵐のやり方に疑問を抱く生き人形ローズは、ついに嵐と決別し、その矜持をも捨てて助けを求めにゆく。一方、嵐の思いがけない邂逅とは?

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
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桜庭 嵐さくらば あらし
コードネーム:旅人。女性演者推奨。カルチェラタンの闘技者の一人で中学三年生。小柄で身体能力も低いが、最強の人形とうたわれるローズの主であり、カルチェラタンで畏怖されている。ナイフ〝スピカ〟を手に入れたことにより、ついに自らも闘う力を得る。
ローズヒップ・ジンジャー
まるで本物の人間のように精巧に作られており、自分の意思で喋り、動きもするが、人形である。嵐を主として付き従い、なんだかんだで嵐のことを慕っている。容姿は幼いが戦闘に特化しており、最強の人形とうたわれる。わりといつもむすっとしている。
君島千景きみしま ちかげ
コードネーム:ユダ。カルチェラタンの闘技者の一人。クラスは違うが嵐の同級生。ナイフ使い。頭がよく、身体能力も高い。嵐に固執し、たびたび奇襲を仕掛ける。飄々としていて掴みどころがなく、その行動原理は仲間ですら理解できないことも多いようだ。
猫娘
本名:魚住杏梨。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。嵐の同級生で、千景と同じクラス。身体能力は並だが、射撃において彼女の右に出る者はいない。マイペースで、ローズちゃんにぞっこん。麝香鼠とは犬猿の仲。背が低く、貧乳なのを気にしている。嵐が好き。
麝香鼠じゃこうねずみ
本名不明。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。歳は嵐たちよりちょっとだけ上。猪突猛進型で、いわゆる脳筋。馬鹿。とにかく馬鹿。しかし身体能力と動体視力はずば抜けており、肉弾戦ではトップクラスの実力を誇る。猫娘とは犬猿の仲。
守衛
廃百貨店・カルチェラタンの守衛。名はイタドリ。いつも制帽を目深に被り、その顔を見た者は誰もいない。旅人くんがお気に入り……?
名前だけ登場する人物
桜庭雀さくらばすずめ
血は繋がっていないが嵐の育ての親で、嵐が〝父さん〟と呼ぶ人物。現在嵐と同居している。左右共に盲目。桃馬の親友だった。
伊久美桃馬いくみとうま
嵐の戸籍上の本当の父親だが、妻・火鉢の不倫のため、実際の血の繋がりは定かではない。嵐が生まれたその日に自殺している。
麝香鼠(M)

俺たちは各々に、思いを馳せていた。これまで重ねてきた数々の闘技。旅人との、ぶつかり合いながらもどこか心踊った、戦いの中に潜む思い出の日々に。

猫娘(M)

現実は甘くはなかった。あたしたちの知らないところで、嵐はまっすぐに破滅へと突き進んでいた。そんなこと、知る由もなかったあたしたちに、たぶん非はなかったと思う。だけどきっと千景は今、自分を責めてる。あたしは何か言おうと口を開きかけるけど、かける言葉が見つからなくて、また口を噤む。テナントの窓を覆う暗幕のようなカーテンの隙間から、雨がちらついている。千景は黙って、それを見つめている。沈黙が、重い。

ローズ

……邪魔するぞ。

千景・猫娘・麝香鼠

!!

猫娘

ローズ、ちゃん?

麝香鼠

人形……?どうして、てめえがここに……?

千景

……!、お人形さん、一人?嵐くんは?

ローズ

……、

千景

何黙ってるんだよ……なんとか言え……なんとか言えよっ!
(ローズの肩を掴み、揺さぶる)

猫娘

ちょっと……!落ち着いて、千景!きっとローズちゃんは、何か伝えたいことがあって、あたしたちのところに来てくれたんだと……そう、思うから。

千景

……、悪い。

猫娘

ローズちゃん、どうしたの?何か、あった?

ローズ

嵐は──わらわを捨てた。

猫娘

え……!?捨て、た……!?それって……、

麝香鼠

は?何……?あんなに仲良しこよしの馴れ合いごっこしてたお前らが、もうすぐ手に入るはずの光を目前にして、決別したってぇのかよ?

千景

……それで嵐くんは、どうなったの。

ローズ

おそらく今も、カルチェラタンのどこかで罪を重ね続けている。右目の焔が、刻一刻と燃え上がっていくのを感じるのだ。貝の火の意志に従う傀儡くぐつに過ぎないわらわが、あるじに逆らうことはできない。わらわにはもう、嵐を止めることはできない……っ!

猫娘

!、ローズちゃんは、嵐を止めたいって思っているの?

麝香鼠

んだそりゃ、どういうこった?

ローズ

……ユダ。それに猫娘と、麝香鼠も。少し、話がしたい。

千景

……わかった。

ローズ

(表題)「カルチェラタン 第十六話 傀儡の意志」

……ふう。これで、また三人。

嵐(M)

殺す、殺す、殺す。とても簡単で、単純なこと。僕はそれを繰り返す。罰のほのおが最も美しく光り輝く、その時に向かって。ローズは今頃、どうしているだろうか。いや、今は彼女のことなんて、考えている場合じゃないんだ。僕はもっともっと、罪を重ねなくては……。

守衛

やあ、やってるねえ。旅人くん。

!、守衛さん……?どうして、あなたがこんなところに……。

守衛

僕が目をかけてる闘技者くんが、何やら近頃大活躍だって聞いてね。是非ともこの目に焼きつけたいと思って、ちょっとこっちに出向いてみたのさ。
たまにはこの血生臭さも、悪くないものだね。

そう、ですか。……いや、違う。あなたは、誰ですか?

守衛

今更何を寝惚けたことを言っているんだい?きみと僕とは毎日言葉を交わす仲だろう?僕は廃百貨店・カルチェラタンの守衛だよ。それ以上でも、以下でもない。

そんなことはわかってます。
僕が訊きたいのは、あなたが……あなたたちが、何者かってことだ。
本当は、心のどこかでずっと疑問に思ってた。
カルチェラタン。ここは一体何なのか。どうしてこんな場所が生まれたのか。誰も会ったことがないっていうカルチェラタンの管理人さんや、この場所の秘密を守り通そうとする守衛さんって、どういう存在なのか。どうしてあなたはいつも、制帽をそんなに目深に被って、誰にも顔を見せないのか。何か理由が、あるんですか。

守衛

……。

守衛さん。あなたはいつも通用口の傍らで、僕ら闘技者に入館許可証のバッジを渡してくれますね。そう、いつ、どんな時も。
だけどはじめて僕がカルチェラタンに来た時だけは、あなたはあそこにいなかった。そして今、本来ならあの場所に佇んでいなくてはならないはずのあなたが、僕の目の前にいる。それはもうすぐ、僕に与えられた貝の火が、実ろうとしているからですか。

守衛

……。

……どうして黙っているんですか?僕は罰を受けます。僕という存在は、きっともうすぐ終わる。だから最後に、本当のことを教えてくれたっていいでしょう?世界で一番大事な人に残していく光の正体くらいは、僕だって知っておきたいですから。

守衛

……やっぱり嵐は賢い子だね。

……!(身構える)

守衛

ふふっ、いやだなあ。そんなに警戒するものじゃないよ。まさか〝私〟を忘れてしまったっていうのかい?──嵐。(目深に被っていた制帽を外す)

……え、

守衛

この顔に、声に、覚えはないかい?

!!、とう、さん……?

***

ローズ

ユダは既に知っているようだが、その危惧は確かなものだ。
これ以上今のやり方を続ければ、嵐は近い将来、光と引き換えに罰を受ける。嵐の行いは、本来ならば決して正しいものではないのだ。

麝香鼠

あ?旅人が今やってるやり方の他に、貝の火の光を得る方法があるってのか?

ローズ

貝の火とは、とある者の罪の心より出でし焔が、宝珠として形を成したもの。主が貝の火に代わって罪の償いをすることによって実り、光をもたらすのだ。
本当に善き、強き心を持つ者だけに、光は授けられる。

麝香鼠

あー……すまん。俺の頭じゃそういう難しい話はよくわかんねえや。
ネコ。人形は一体、俺たちに何を伝えたがってる?

猫娘

つまり、今嵐がやってることは、貝の火を実らせる本来の方法とは真逆のこと……ってことだね。貝の火は本当なら、主となった人にあんなことをさせたいわけじゃない。

ローズ

そうだ。だが、貝の火の光を本来の方法で実らせることは、決して容易なことではない。過去にも数多の者たちが貝の火──すなわちわらわの主となり、そして様々な形で貝の火を手放していった。自らの意思、破滅、自我の崩壊、そして絶命。

千景

……っ!貝の火……とんでもない代物じゃないかよ……。

ローズ

貝の火を最後まで満足に持ち続けられた者は、今に至るまで一人もいない。
だから嵐は、正攻法ではないもう一つの方法を選んだ。

猫娘

それが、今嵐のやってること……?

ローズ

人の罪の心より生まれし貝の火は、償いによって光を実らせれば輝き、その役割を静かに終える。だが逆に、罰を実らせれば罪は脆くも砕け散る。そして砕け散る時、貝の火の秘めし力は内より解き放たれるのだ。代償として、貝の火の主は罰を受けることとなる。

麝香鼠

……なるほどな。少し話が読めてきたぜ。
旅人が罪だの罰だの言ってたのはそういうことか。人を殺すことが、貝の火への近道ってのも。要するに、旅人は殺人鬼と化すことで、光を得る道を選んだってわけだ。
気づいちまったんだな。人を殺すってことの、罪の重さに。
それを知った上で──いや、だからこそ、殺し続ける。

猫娘

どうしてそんな、茨の道を……?
嵐だったらちゃんと正しい道筋を踏んで光を得ることだって、できたかもしれないのに。
あんな優しい人、他にいないよ……!

ローズ

貝の火に主として見出された時、嵐は言った。自分には何もないと。その行いは全て、偽善に過ぎないと。それでも嵐は、確かに貝の火に選ばれたのだ。だがその事実を受け入れられるほどに、嵐は己の存在を肯定することができなかった。だから正しき道ではなく茨の道を選び取り、父親のためなら自らの身すら投げ打つつもりなのだろう。

麝香鼠

……馬鹿だな、あいつ。

千景

っあは、こんな時まで嵐くんらしいよ。
いっつも人のことばっかりで、自分のことを見てる人がいることなんて、これっぽっちも気づきやしないんだ。……あの馬鹿。

猫娘

……千景。

***

そんな、おかしい……!こんなの、あり得ない!
だって父さんは、今だって一人ぼっちで家にいるはずで……!歳だってこんなに若くはないし!目だって、僕のせいで見えてないはずで……っ!
……でも、どうしてだろう。あなたの姿は、写真で見た若い頃の父さんに生き写しなんだ。僕を見つめる眼差しも、穏やかな声も、みんなみんな、覚えがあるんだ……!
僕は確かに、あなたを知ってる!どうしてっ……!

守衛

ずっときみを見ていたよ、嵐。

!!

守衛

だってきみは私の、世界で一番大事な──たった一人の、息子だから。

……父さん、なんですね。

守衛

全て話そう。私──今はもうかつての名を捨て、イタドリを名乗るもう一人の桜庭雀さくらばすずめだ。この存在が生まれたその瞬間から、私が桃馬とうまの幽霊に出会い、共にカルチェラタンという罪と罰に支配された世界を作り上げた、今に至るまでの物語を。

桃馬……?それって伊久美桃馬いくみとうまのことですよね。
僕の本当の、父親……幽霊って……?

守衛

全てはきみが生まれた、あの日まで遡る。雀の親友、桃馬が死んだ、あの日だ。

……っ、はい。

守衛

雀は悔やんでいた。桃馬の妻・火鉢ひばちが、夫ではない男と愛し合っていることを、雀はずっと知っていた。だが、雀はその事実を桃馬に告げられずにいた。結果、事は最悪の結末を迎えることとなる。嵐も知っての通り、きみの生まれたその日に桃馬は自ら命を絶ったんだ。

……ええ。全部父さん──あなたが話してくれました。僕は誰の子かわからないって。

守衛

雀は悔やみ、悔やんでも悔やみきれず、自分を責め続けた。
心因性の病に左目を冒されてしまうほどに、無責任な己の罪深さを責めたんだ。
その時、雀の左目からこぼれ落ちた光。それが、僕さ。

え?

守衛

はじめは自分でも信じられなかったよ。僕と雀の自我は完全に分かたれていた。僕は少しのあいだ逡巡し、その場を立ち去ることにした。僕はもう桜庭雀ではない。雀の罪の意識の象徴、罪から生まれた怪物だ。名前も捨てた。まさしく亡霊のように、当て所なく町を彷徨い歩いた。まさか数年後、本物の幽霊と出会うことになるとは思いもよらなかったけどね。

本物の幽霊……伊久美桃馬、ですね?それじゃあ彼はまだ、この世に……?

守衛

僕という存在が生まれ落ちた時以上に、驚いたものさ。だが僕たちに、多くの言葉は必要なかった。幽霊は僕を導き、辿り着いたのがこの場所だった。

廃百貨店・カルチェラタン……ですか。

守衛

ああ、そうだ。ここに来て僕たちは、はじめて語らったよ。彼はちっとも僕を恨んでなんかいなかったし、嵐、きみの身の上を案じてもいた。

桃馬が、僕のことを……?どうして?
彼は僕のことを、憎んでいたっておかしくないはずだ。
だって僕は、桃馬の子じゃ……、

守衛

気のいい奴なのさ。彼が僕を〝雀〟と呼ぶので、その名はもう捨てたのだと言うと、呼び名がないのは不便だと言う。そこで僕は少し考え、〝イタドリ〟と名乗ることに決めた。

庭先に芽吹いている、あれですね。毎日のように見ています。

守衛

妻が生前、しばしばあの新芽を料理しては食卓に並べてくれたものでね。私はあれが好きだった。春先、新しい芽が生え出す頃になると、よく妻にねだったものだよ。
こうして亡霊のように在った僕は、数年ぶりに名前を持ったのさ。

イタドリ、さん……。それじゃああなたは父さんであって、父さんではないんですね。

守衛

そういうことになるね。きみの知っている雀とイタドリの名を持つ僕とは、その魂こそ共有はしていても、別個の人格として存在していると言える。

何となく理解しました。それであなたと桃馬は、どうしてこんな戦場を作るに至ったんです?あなたが何者かってことはわかった。だけど貝の火っていうのは、一体……、

守衛

幽霊になってからの桃馬は、どうも少しばかり未来を覗き見ることができたようでね。近い将来起こる、きみと雀の未来のことも、僕に話してくれた。
雀は近い将来、残された最後の光をも失うだろうと。

──僕が父さんから右目の視力を奪ってしまった、あの日ですね。
小学二年生の夏。今でもはっきりと覚えています。

守衛

程なくして、桃馬の言った通りのことが起こった。雀は最後の光をきみのために手放し、そして長年雀を苛んできた桃馬への罪の意識から、ようやく解放されたんだ。

罪の意識から、解放された?どうして……?

守衛

雀はね、左目の光を失い、嵐を育てることを決意してなお、罪の意識から完全に逃れることはできなかったのさ。自らの心の弱さが桃馬の命を奪ったのだと、無意識のうちに己を責め続けていた。だが、あの日。雀は自らの光と引き換えに、きみを守ったね。

……はい。僕のせいで、父さんは……、

守衛

いや、責めているわけじゃない。そのことによってようやく、雀は薄れゆく意識の中で、自らを縛り続けていた罪の意識から解放されるのを感じていたのだから。
〝桃馬。私はようやくこの子の、本当の親になることができた〟と。
罪からの清廉なる解放は美しい焔となって燃え上がり、雀が失った最後の光はしかし消えることなく、一つの宝珠として形を成した。

……え?

守衛

〝貝の火とは、とある者の罪の心より出でし焔が宝珠として形を成したもの〟
──人形師は、きみにそう教えたはずだよ。

とある者……父さんがその、張本人……?それじゃあつまりカルチェラタンは、そもそもは父さんの罪の心からはじまった世界ってこと……?

守衛

さすが嵐は理解が早いね。

……!、確かに覚えてる。はじめてローズの右目に目を凝らした時、僕は不思議な懐かしさと愛おしさを感じたんだ。あれは、貝の火が父さんの光そのものだったから……そうか、空っぽの僕なんかが貝の火に選ばれたのは、然るべくしてこうなったことだったんだ。

守衛

(被せて)でもね、嵐。確かに貝の火は元を辿れば雀のものだし、カルチェラタンという世界を生み出したのはもう一人の雀である僕と桃馬だ。雀の罪を安らかな眠りにつかせるためだけに、僕たちはこの戦場を作り上げた。きみが貝の火に選ばれてしまったのは、僕にとってはとんだ誤算だったけどね。だがそれも、全くの偶然というわけではないのだろう。何か、因果律ともいうべきものがきみを引き寄せたのかもしれない。だが、貝の火は片割れである僕とは違う。何の感情も持たない、ただ美しいだけの冷たい石ころだ。

え?そんな……だって貝の火は、父さんの失くした欠片で……!

守衛

祈りにも似た透明さの中で、雀は罪から解放された。それによって雀の右目は純度の高い罪の結晶と化した。泥沼のさなかに彼からこぼれ落ちた僕とは違ってね。
でもだからこそ、貝の火はとても冷徹だ。

どういうことですか。

守衛

貝の火は、雀に還りたいからきみを選んだ。嵐はそう思っただろう。

……はい。

守衛

それは違う。貝の火は罪による本能によってのみ、主を操ろうとしているに過ぎない。現にあれは、きみを茨の道へ──死よりも重い罰の方へと導こうとしている。違うかい?

……そのことについては、否定はできません。

守衛

言っただろう。貝の火は冷徹なんだ。意志はあれど、感情はない。実りのためならば、主を死に至らしめることすら厭わない、そんな代物。そう、あれはもう雀ではないんだよ。考えてみるんだ。雀がきみを死に至らしめるような真似を、本当にすると思うかい?

それは……、

守衛

嵐。こんなことはもうやめにするんだ。きみが死よりも重い罰を受ける必要なんて、ないんだよ。きみという存在が在ったからこそ、雀は桃馬への罪の意識から解放されたのだから。

……。

守衛

さあ、嵐。

──僕は……、

***

ローズ

頼む、ユダ──いや、千景。わらわの主を……嵐を止めてほしい。
このままでは嵐は、破滅してしまう……!

猫娘

ローズちゃん……。

ローズ

わかっている……これは貝の火の意志に対する裏切りだ。
だが、嵐はこれまでわらわを手にしてきたどんな奴とも違っていた。わらわを〝ローズ〟と呼び、貝の火ではなく〝ローズヒップ・ジンジャー〟というひとつの個として扱ってくれたのは、嵐がはじめてだった。だからこそ、貝の火の意志に従う傀儡ではなく、生き人形ローズヒップ・ジンジャーとしてわらわは思うのだ。我が唯一の主──嵐を、この罪と罰に支配された世界から掬い上げたいと。嵐を、助けたいと。

千景

……なるほどね。それで俺たちのところに転がり込んできた、と。

ローズ

千景の事情も知らないまま、ずっと〝裏切り者〟と呼び続けてしまったことは……すまなかった。だが、貝の火の意志に逆らえないわらわは、もはや千景、お前に縋るよりほかないのだ。何より、嵐のために声を荒げたあの時の千景は、確かに嵐の友の顔をしていたと、わらわは思う。千景ならば嵐を救う力になってくれると、今のわらわは確信しておる。
頼む、千景。どうか嵐を、お前の力で助けてやってくれ。(頭を下げる)

◆沈黙。

千景

……そうだね。どうしよっかなー。(ローズに歩み寄って膝を突き、目線の高さを合わせる)

猫娘

千景!ローズちゃんがこんなに一生懸命頼んでるのにそんな……!

麝香鼠

(被せて)ネコ。

猫娘

!、ネズミ……。

麝香鼠

まあ黙って見てろ。

猫娘

……。

千景

……なーんてね。クスッ。ちょっとは可愛いこと言えるようになったじゃん、お人形さん。ま、顔は元々可愛かったけど?名前──ローズちゃん、だっけ?

ローズ

!、わらわの名を……。

千景

任せてよ、ローズちゃん。嵐くんを助けられるように、俺にできる限りのこと、やってみる。そもそも俺がカルチェラタンに来たのは、最初からそれが目的だったんだから。
──嵐くんはさ、俺をはじめて見つけてくれた人なんだ。嵐くんが見つけてくれなきゃ、きっと俺は今も透明なままだった。今度は俺が嵐くんを見つける番だ。

ローズ

千景……。

猫娘

(屈み込んで)よかったね、ローズちゃん。もちろん、あたしも手伝うよ。嵐はあたしの大事な人だもん。こんな話聞かされて、放っておけるわけない。あたしにできる精一杯、やるよ。
とにかく急ごう、千景!まずは嵐を見つけなきゃ!
ネズミも……手伝ってくれる……?

麝香鼠

──千景。

千景

ん?

麝香鼠

前にあんたの言ってた助けたい奴って、旅人──いや、桜庭嵐さくらばあらしだったんだな。

千景

うん、そうだよ。嵐くんは、俺の一番大事な友達なんだ。
今までお前に嵐くんとのことを黙ってたのは、謝るよ。騙すような真似をして悪かった。
ここから先どうするかは、ネズミ、お前自身が選べばいい。

猫娘

……そうだね。ここから先のネズミの行動は、あたしたちが決めるべきことじゃない。

麝香鼠

ばっかじゃねーの。

千景

麝香鼠

はじめて拳を交えたあん時から、俺のリーダーはあんた一人だよ、千景。今までもこれからも、俺ァあんただけについていく。あんた以外の配下につくなんて、馬鹿の俺にはもう考えらんねえのよ。

千景

……ネズミ。

麝香鼠

それに、これでやっと俺もここに来た本分を果たせるってもんだ。あんたと出会って、俺はようやく俺がこの場所に居続けることに意義を見出せたんだからな。
あんたにあんたの助けたい奴を、ちゃんと助けさせる。あんたの願いを、叶える。
それが今俺がここにいる、唯一無二の理由だ。

千景

……っ、

麝香鼠

おら、さっさと指示を出せよ、ボス。助けるんだろ?桜庭嵐を。今までもこれからも、この俺様が従うのはあんただけだぜ。

猫娘

……ふふっ。素直じゃないんだから。男って、ほんと馬鹿。

麝香鼠

うるせえぞ、ネコ。

猫娘

はいはい、私が悪うございましたーっと♪

麝香鼠

けっ。

千景

……ありがとう、ネズミ。それに、魚住うおずみちゃんも。

麝香鼠

へへっ。

猫娘

ネズミはともかく、あたしは千景にお礼言われる筋合い、ないよー?千景に止められて、それでもここに残ったのはあたしなんだから。千景の願いとは関係ない。嵐を助けたいっていうのは、あたし自身の意志。千景ばっかにいいとこ、持ってかせないんだからね!

千景

……っあは!相変わらず〝ネコ〟は心強いや。俺がよろしく頼むまでもなさそうだ。

猫娘

とーぜん!

千景

(ローズに向き直り)それから──ローズちゃん。

ローズ

千景

本当にありがとう、嵐くんの危機を、俺たちに伝えてくれて。
すごく勇気が要ったよね。貝の火の意志を裏切ってまで、敵であるはずの俺たちにこんな大事なこと頼むなんてさ。でも、ローズちゃんが伝えてくれなきゃ、俺はきっと嵐くんに何もしてやれてなかった。何もできないまま終わってた。だから、ありがとう。

ローズ

……こちらこそ──感謝、している。

千景

クスッ。

麝香鼠

……さ、ようやっとわかり合えたところで、時間もあんまりねえ。
俺らもそろそろ動き出さねえとな。

猫娘

ん、そうだね。こうしてる今も、嵐はどこかで罪を重ね続けてるんだもん。急がなくっちゃ。
ローズちゃん。嵐の居場所の手がかりとか、何かわかる?

ローズ

ああ。貝の火と主とは、自然と呼応し合う。
貝の火の意志に我が身を委ねれば、嵐を見つけることは容易だ。

千景

それじゃローズちゃんは嵐くんのところまで案内、頼むよ。

ローズ

御意。

千景

よし、これで準備は整った。
ネズミ、ネコ!それにローズちゃんも。行くよ、嵐くんを助けに。
いよいよ俺たちの、正念場だ。

猫娘

(同時に)了解!

麝香鼠

(同時に)ラジャ!

ローズ

……御意。

***

……僕は──それでも僕は、父さんに光を取り戻します。

守衛

いや、正確には、父さ──イタドリさんの話を聴いて、より決意が固まったんです。貝の火が元は父さんのものだったっていうんなら、やっぱり僕は父さんに、あの綺麗な光を返してあげなくちゃならないんだ。こうなるように仕組まれてたことだとしたって、構わない。

守衛

嵐……!どうしてっ……!

懐かしかったんだ、ローズの右目。もう感情はなくても、やっぱりあれは、父さんの失くした欠片──父さんの一部です。
それに、父さんの罪の心のはじまりは、やっぱり僕だと思うから。
……全部話して下さってありがとうございます、イタドリさん。でも僕、もう行かなきゃ。最後まで、罪を重ねに。迷いはもう、ないから。

守衛

嵐……。

今まで、本当にありがとうございました。さよなら──父さん。

◆嵐、去る。

守衛

……やはり僕が言葉をかけるのは逆効果だった、か。僕に残された唯一の手駒は──君島千景きみしまちかげくん。あの子だけだ。全てはきみにかかっている。
どうか嵐を、助けてやってくれ。お願いだ、どうか──、

to be continued.