カルチェラタン

第十二話 忘却の聖者

企画:Familiar Company
作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂2♀1
時間:約20分

廃百貨店・カルチェラタン。
謎に包まれた〝貝の火〟を巡り、闘技者たちは人知れず、日々カルチェラタンで抗争をする。光を求めて闘い続ける、透明な子供たちの行く末は──。

《これまでのあらすじ》
桜庭嵐、コードネーム・旅人。異端の少年闘技者にして、誰も知らない貝の火の主。父親のため、彼は闘い続ける。たとえはじめて人を殺したその日であっても、嵐と父親の日常は変わらない。一方カルチェラタンではもう一人、動き出した人物がいた。

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桜庭 嵐さくらば あらし
コードネーム:旅人。女性演者推奨。カルチェラタンの闘技者の一人で中学三年生。小柄で身体能力も低いが、最強の人形とうたわれるローズの主であり、カルチェラタンで畏怖されている。ナイフ〝スピカ〟を手に入れたことにより、ついに自らも闘う力を得る。
君島千景きみしま ちかげ
コードネーム:ユダ。カルチェラタンの闘技者の一人。クラスは違うが嵐の同級生。ナイフ使い。頭がよく、身体能力も高い。嵐に固執し、たびたび奇襲を仕掛ける。飄々としていて掴みどころがない。ボイスドラマの場合、幼少期は女性が演じましょう。演じるべきです。
守衛
廃百貨店・カルチェラタンの守衛。いつも制帽を目深に被り、その顔を見た者は誰もいない。旅人くんがお気に入りのご様子……?
嵐の父であり、嵐の唯一の家族。とても穏やかな優しい人で、いつも静かに笑っている。守衛と被って下さい。

ただいま、父さん。

ああ、お帰り、嵐。今日も遅かったね。

うん。待たせちゃってごめんね。すぐにごはん作るよ。

いつもすまないね。

このくらい当然でしょ。父さんはゆっくりしてて。

ありがとう、嵐。

嵐(M)

いつも通りの会話。いつも通りの父さんとの時間。だけど僕は今日、人を殺して、僕の非日常という名の日常はがらりと色を塗り替えた。父さん。桜庭雀さくらばすずめ。本当の息子でもない僕を、ここまで育ててくれた人。その光を犠牲にしてまで、僕を守ってくれた人。
例え血の繋がりはなくても、僕は確かに〝雀の子〟だ。だから、僕があなたから奪ってしまった光は、必ず僕が取り戻す。どれだけの罪を、重ねようとも。

(表題)「カルチェラタン 第十二話 忘却の聖者」

嵐(M)

物心ついた頃、既に父さんの左目は見えていなかった。急性緑内障。戸籍上、僕の本当の父親に当たる、伊久美桃馬いくみとうまが自殺してすぐに、その親友だった雀は、心因性の病に左目を冒された。その桃馬が、僕の本当に血の繋がった父親であるのかどうかも、定かではない。僕が生まれたその日に、桃馬は命を絶ったんだ。それはたぶん、はじめから、僕が誰の子供かなんて、わからなかったから。僕の母、伊久美火鉢いくみひばちは、浅ましい女だった。

生まれたその瞬間から、僕はここにいてはいけない存在だった。生まれながらにして罪を背負い、罰を受けるべくして生まれた子供。
だから僕は、透明になることにした。当たり障りなく、それなりに親しい友人を持ち、それなりに好感を持たれ、特に目立って秀でた点もなく、特に目立った欠点もなく、さりげなく、そう、さりげなく、人に紛れていることを、選んだんだ。

***

守衛

旅人くんが、人を殺したそうだよ。

千景

……。

守衛

例えばの話だ。坂の天辺にある石を、少しつま先で突ついてやったらどうなると思う?転がりはじめた石は止まらない。ただ、坂の終わりまで、転がり続けていくだけさ。

千景

……うるさいよ。

守衛

いやだなあ、そんな怖い顔しないでよ。ちょっと例え話をしただけじゃあないか。

千景

……。

守衛

ねえ、きみは負けたんだよ。貝の火の力を得るためなら、旅人くんはこれから先、何人でも殺すだろう。もう、手遅れだ。素直に敗者であることを認めたら?

千景

……まだ、間に合うかもしれない。

守衛

へえ?

千景

嵐くんはさ、そんな簡単に人を殺すってことを、割り切れるような子じゃないよ。嵐くん自身は気づいてなくても、きっと心のどこかに呵責がたまってく。昔っから人のことばっかりで、優しいんだ、嵐くんは。俺がどんな悪戯しても、そりゃちょっとは怒るふりしたりもするけど、最後には困ったように笑ってさ、許してくれるんだよ。

守衛

だからきみは、親友だったはずの彼を裏切った?

千景

……!

守衛

冗談だよ。そんな絶望的な顔をしなくたっていいじゃあないか。
……ククッ、きみは本当に可愛いね。

千景

……趣味悪いよ、あんた。

守衛

褒め言葉として受け取っておくよ、ユダ。
いや……きみの本当のコードネームは、〝ユダ・タダイ〟だったね。
ユダの名を持つ者は、聖書の内に二人いる。イエスを裏切ったイスカリオテのユダと、その名前から裏切りのユダと混同されるが故に意図的に軽視され、祈りを捧げることを避けられるようになったヤコブの子ユダ・タダイ。この二人は全くの別人だ。
そしてきみが授かったのは後者、〝ユダ・タダイ〟の名。

そう、きみは裏切り者ではない。〝忘れられた聖人〟──それがきみの冠するコードネームの本当の意味。……ククッ、きみにぴったりの名だとは思わないかい?
我らが管理人も、憎い真似をするね。

千景

……っあは、あんたたちは一体どこまで知ってるんだろうね、守衛さん。
いや、名前は確かイタドリ……とかいったっけ?

守衛

そう、僕はイタドリだよ。尤もこれはきみたちのように管理人から与えられたコードネームではなく、僕が自ら名乗っているに過ぎない名だけどね。僕のような怪物に、一人の人間だった頃のかつての名を名乗る資格は、もう、ないんだよ。

千景

怪物……。

守衛

そうだろう?僕の持つ〝罰のほのお〟を見たきみならわかるはずだ。この器は人間のものじゃない。僕という存在は、罪から生まれた怪物なのさ。

千景

……、イタドリ……あんた一体何者だ?

守衛

ははっ、今更随分くだらない質問をするんだね。僕はカルチェラタンの守衛、イタドリだよ。ちょっと可愛い子供たちに入れ込んでいるだけの、ね。

千景

……趣味悪いよ、あんた。

***

嵐(M)

罪の意識くらいは、火鉢にもあったらしい。
夫の死に、火鉢の脆い自我はいとも容易く崩壊した。ある日火鉢は、僕を嬲り殺そうとしたんだ。赤ん坊の異常な泣き声と女の喚き声に、近所の人の通報で駆けつけた警察官に火鉢は取り押さえられ、精神病院に強制入院、今なお檻の中。僕らに身寄りはなく、残された僕を養子として引き取ることを申し出たのが、父さん──桜庭雀だった。

お待たせ、父さん。夕飯の支度、できたよ。

もうできたのかい?早いねえ。

ただでさえいつも帰りが遅いのに、父さんをあんまり待たせちゃ悪いもん。
さ、僕の手に捕まって。テーブルに行こう?

知り尽くした我が家くらい、嵐の助けがなくても歩けるよ。

いいから、ほらっ!(雀の手を取る)

!、……っふふ。

嵐(M)

父さんと過ごす、この時間が好きだ。僕が唯一、僕自身であれる時だから。
父さんの存在だけが僕の生きる理由、僕の全てだから──。

それじゃ、

嵐・父

いただきます。

……うん、美味しいよ。嵐、また料理の腕を上げたんじゃないか?

小二の時からやってれば、これくらいはね。

それにしたって、大したものだ。嵐は器用だね。父親として、誇らしいよ。

えへへ……。

嵐(M)

そう、僕が父さんに残された最後の光を奪ってしまったのは、小学二年生の夏。あの日は千景ちかげくんがうちに遊びに来てて、僕らは家の中で追いかけっこして、大はしゃぎだった。

***

《小学二年生の頃の回想》

◆嵐と千景、追いかけっこをしてはしゃいでいる。

こらこら、あんまり部屋の中ではしゃぐと危ないよ。
追いかけっこなら、外でしておいで。

嵐・千景

はーい!

行こ、千景くん!

千景

うん!

二人とも、くれぐれも車には気をつけてね。

千景

じゃあ公園まで、俺が鬼ね。覚悟はいーい?逃がさないよ、あーらしくん♪

あははははっ、やめてよ千景くん!ちょっと待ってっ……、あ!

千景

わっ、嵐くん!

危ない、嵐!

◆SE:硝子の割れる音

……え?

嵐(M)

目前の状況を、僕はすぐには理解できなかった。早くに亡くなったという奥さんの形見の、大きな姿見。僕の上に倒れてくるはずだったそれを、父さんが受け止めていた。粉々に砕け散った鏡の破片が、そこかしこに散らばっていた。父さんはぐったりと畳に倒れて、赤いものがじんわりと、うそみたいに広がって、血だまりを作っていった。

千景

……!、おじさん、大丈夫!?(駆け寄る)……ぅわっ!
どうしよう、おじさん血がすごいよ……!ぁ……、鏡の破片が目に刺さったんだ。
嵐くん、すぐに救急車呼ぼう!……嵐くん?

──父さん……?、父さん!しっかりしてよ……!目を開けてよ、父さん!

千景

ちょ……!、落ち着きなよ、嵐くん!こーゆーのは下手に動かしちゃまずいって!

父さん!!父さあぁぁあんっ!!!

千景

……っ、嵐くんはおじさんについてて!電話借りるからね!

嵐(M)

病院に搬送されてすぐに、父さんの右目から破片を摘出する手術が行われた。病院まで付き添ってくれた千景くんと二人、僕らは手術が終わるのをじっと待った。〝手術をしても、視力は回復しないだろう〟という医者の宣告が、僕らの空気を重くした。

……僕のせいだ。

千景

嵐くん……。

僕のせいで、僕は僕の世界で一番大事な人の!僕の全ての恩人である人の光を、今度こそ全部奪ってしまったんだ……。どうしよう、千景くん……っ!

千景

親が子供を守ろうとするのって、普通だったら当然のことでしょ。
唯一見えてた右目をやられちゃったのは運が悪かったとしか言い様がないけど……嵐くんはそこまで自分を責める必要ないよ。半分は、俺のせいだし。

違うんだ、千景くん。父さんは、僕の──本当の父さんじゃない。

千景

……え?

僕にどうして母さんがいないのか、不思議に思ったことはない?

千景

えーっと……そりゃまあ、少しは気になったこともあったりしたけど、早くに亡くなっちゃったのかなって、勝手に……。

ううん、母さんは生きてる。死んだのは僕の、父さんの方なんだよ。

千景

は?、何ソレ……どういうこと?全然意味わかんないんだけど。

僕もさ、どうして自分には母さんがいないんだろうって幼心おさなごころに気になって、父さんに訊いてみたことがあったんだよね。そしたら父さん、包み隠さず全部話してくれたよ。
僕の本当の父親は、僕が生まれたその日に自殺して、既にこの世の人じゃなかった。母さんはそのせいで気が狂って、僕を育てられなくなった。だから父さんが、僕を引き取ったんだって。だけど僕のことを、本当の息子のように愛してるとも言ってくれた。
僕は一人じゃない、何も恐れることはないって。

千景

それじゃ、嵐くんとおじさんは……!

うん。僕と父さんに、血の繋がりはない。本当の息子でもない僕のことを、ここまで育ててくれた父さんは、僕の恩人で──僕の、全てなんだ。

千景

……全然気づかなかった。嵐くんとおじさん、本当の親子みたいに仲いいから。

そうだね。端から見たら、そうなのかも。でも、時々わからなくなるよ。僕と父さんは、ただ上っ面だけの〝家族ごっこ〟をしているだけなんじゃないかって。

千景

家族、ごっこ……。

死んだ僕の父親と父さんはさ、親友だったらしいんだ。
僕が本当に親友の子供だっていうなら、父さんが目をかけてくれるのもまだわかるよ。
でも、僕さ、本当は誰の子供かわからないんだよね。

千景

え、

僕に変に嘘をついたり隠し事はしたくないから、酷かもしれないけどって、これも父さんが話してくれた。母さんには、他にも男の人がいたんだって。そして僕の父親に当たる人は、僕が生まれたその日に自殺した。それが、全てなんだと思う。
父さんの左目が見えないのもさ、僕のせいなんだ。僕が生まれて、父さんの親友だった人が自殺した直後に、父さんの左目は心因性の病に冒された。僕の存在は間接的に父さんの左目の視力を奪ったんだ。そして今度は、右目の視力を……。
……最初から、生まれてこなければよかったんだよね、僕なんて。
そうすれば、父さんが光を失うことも……!

千景

誰の子供かわからなくたって、嵐くんは嵐くんでしょ。

……!

千景

嵐くんが誰の子供だろうと、本質は変わらない。今までもこれからも、嵐くんは俺の大事な友達だし、俺は嵐くんのことが好きだよ。

でも!僕は父さんにいつも迷惑かけて、生まれた時から助けられてばっかりで……っ!こんなことになって、僕はもう父さんに、嫌われちゃうかもしれない……!

千景

じゃあさ、嵐くんは俺のこと、嫌いなの?

え?そ、そんなわけないでしょ!嫌いだったら、こんなこと話せないよ……!

千景

じゃあおじさんも、嵐くんのこと嫌いになるはずないじゃん。俺、出会った時から、嵐くんに助けられてばっかりだもん。まあ嵐くんは、自覚ないかもしれないけど?

そんな……僕は千景くんを助けたことなんて、一度も……。

千景

嵐くんにそのつもりはなくても、俺はずっと助けられてきたの。
それに〝家族ごっこ〟っていうのも、俺は違うと思うけど?上っ面だけの家族ごっこだったらさ、おじさんはさっき、自分の身の危険を顧みずに嵐くんを助けたりしなかったと思うよ。ていうか、助けようって意識すらなかったんじゃないかな。嵐くんのこと本当の息子みたいに大事に思ってるから、あの時何の躊躇いもなく飛び出していけたんでしょ。
俺から見りゃ、嵐くんとおじさんは正真正銘本物の親子だよ。血の繋がりとか関係ないよ。これは実の両親から突き放された、俺だから言えること。

千景、くん……。

千景

それでもまだ嵐くんが不安だっていうんなら、ちょっとずつ返していけばいーじゃん。
今まで嵐くんが、おじさんから貰ってきたものをさ。

……!、うん……ありがとう、千景くん……。(静かに涙をこぼす)

千景

え!?、うっそ、泣かないでよ嵐くん!
俺、人に泣かれると、どうしたらいいかわかんねーんだって!
わーちょっと、嵐くーん!

***

嵐(M)

思い返せばあの頃から、千景くんは不器用な人だったな。
勉強も運動も、なんでもさらっとこなしちゃう癖に、人とのことになると途端に格好つかなくなっちゃって。それでも一生懸命、僕のこと励ましてくれた。
あ、そっか……僕はあの時千景くんに、助けられてたんだね。クスッ、僕に助けられてばっかりなんて、千景くんは嘘つきだな。

ごちそうさま!

えっ、もう食べ終わったのかい?嵐は作るのも早いけど、食べるのも早いね。ちゃんとゆっくり噛んで食べないと駄目だよ。育ち盛りなんだから、量も摂らないと。

大丈夫!僕、先に台所片してるね。食べ終わったら、食器はそのままにしといていいから。

ふふっ、わかった。

嵐(M)

あの時千景くんがくれた言葉で、僕は父さんに貰ったもの、全部返そうって決めたんだ。空っぽで、透明な僕だけど、父さんのためだけに生きようって。
父さん、もうすぐ──もうすぐだよ。本当にあとちょっとだって、今なら実感できる。僕はもうすぐこの手で、父さんの光を、取り戻すよ。

***

千景

……もう行くよ。情報ありがとね、守衛さん。

守衛

おや、もう行ってしまうのかい?せっかくこうして二人きりになれたのに。

千景

用は済んだからね。俺はあんたに嵐くんのことが本当かどうか、確かめたかっただけだから。

守衛

つれないねえ。きみの頭の中はいつも、旅人くんのことばっかりだ。

千景

当然でしょ。俺が貝の火に固執する理由、知ってるはずのあんたが、ぬけぬけとよく言うね。

守衛

僕の密かな楽しみは、かつて親しかったはずの子供たちが、目先の力に弄ばれ、醜く争い合う姿を眺めることだからね。きみたちの関係は、本当に興味深い。

千景

……ほんと悪趣味だよ、あんたって。

守衛

ククッ、何とでも。楽しみにしているよ。僕のところに旅人くんのことを確かめにきたってことは、近いうちにきみが、動くってことだろうからね。

千景

それがあんたの楽しみになるってのが、俺にとっちゃ癪なんだけどね。
ま、とにかく、また何かあったら頼むよ、守衛さん。

守衛

またね。〝忘れられた聖人〟さん。

千景(M)

嵐くん。きみが人を殺したって聞いた時、信じられなかったけど、本当だったんだね。だけど俺はまだ諦めないよ。そう、急げばまだ間に合う。間に合わせてみせる。俺に残されたチャンスは、あと僅か。──明日だ。明日、俺はきみと、決着をつける。

to be continued.