カルチェラタン

第七話 仔兎と雲雀

企画:Familiar Company
作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂0♀3
時間:約20分

廃百貨店・カルチェラタン。
謎に包まれた〝貝の火〟を巡り、闘技者たちは人知れず、日々カルチェラタンで抗争をする。光を求めて闘い続ける、透明な子供たちの行く末は──。

《これまでのあらすじ》
桜庭嵐、コードネーム・旅人。戦略と生き人形、ナイフ・スピカを武器とする異端の少年闘技者。父親のため、彼は闘い続ける。同級生でもある闘技者、千景への囁き、〝本当の裏切り者は、たぶん僕〟──嵐がカルチェラタンに至った真相が、今明かされる。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

桜庭 嵐さくらば あらし
コードネーム:旅人。女性演者推奨。カルチェラタンの闘技者の一人で中学三年生。小柄で身体能力も低いが、最強の人形とうたわれるローズの主であり、カルチェラタンで畏怖されている。ナイフ〝スピカ〟を手に入れたことにより、ついに自らも闘う力を得る。
ローズヒップ・ジンジャー
まるで本物の人間のように精巧に作られており、自分の意思で喋り、動きもするが、人形である。嵐を主として付き従い、なんだかんだで嵐のことを慕っている。容姿は幼いが戦闘に特化しており、最強の人形とうたわれる。わりといつもむすっとしている。
人形師
不明 ローズの製作者。カルチェラタンの管理者側の人間で、技術者でもある。容姿からも声からも性別の判断不能。常に無表情。虚無。
子供
嵐が学校帰りに偶然助けた子供。女性演者推奨。役割は〝雲雀の子〟である。声劇でやる場合は人形師と被り推奨。

(表題)「カルチェラタン 第七話 仔兎と雲雀ひばり

嵐(M)

全てのはじまりは、ローズだった。その日、帰宅部の僕はいつものように一人ぼっちの帰路につき、いつも通りの三叉路さんさろでぼんやりと、遅い信号が変わるのを待っていた。

子供

ひゃーっ、ボールが道路に行っちゃう!待って待ってー!
(ボールを追って車道に飛び出そうとする)

わっ、危ない!車が来るよ!(子供を捕まえる)

子供

あっ、でもボールが……。

◆ボール、車道に転がっていく。

……大丈夫。運よく車線の上に行ったから、あそこなら轢かれたりしないよ。
信号が青になったら、一緒に取りにいこう。ね?

子供

わかった……。

嵐(M)

子供というのは無邪気で、時として僕を酷く苛立たせる。正直なところ、子供はあまり好きじゃなかった。それでも手を差し伸べてしまうのは、僕がなんにも持ってない、空っぽの人間だからなんだろうか。一緒に信号が変わるのを待ちながら、僕はどこか上の空だった。

……さ、青になった。行こう。

子供

うん!(嵐と一緒にボールを拾いにいく)
……わあ、よかったあ!ボール怪我してない!
お兄ちゃん、ありがとう!

気をつけて遊んでね。

子供

うん、ばいばーい!

ばいばい。……ん?

嵐(M)

ここではじめて、僕は〝彼女〟の存在に気づいた。
いつからそこにいたのかもわからない。横断歩道の向こう側、信号はもう青なのに、道を渡ろうともせずにこちらを見つめている一人の小さな女の子。
まるで造りものみたいに綺麗な、金糸の髪──。

……。

ローズ

此度の仔兎は、そなた。導こう、人間よ。わらわについてくるがよい。

◆身を翻して姿を消す。

え、あの子、今僕に……?曲がり角の向こうに消えちゃった……。あっち、家の方向とは違うけど……ちょっとだけっ!(追いかける)……あ、

ローズ

こちらだ。

あっ、待って……!

嵐(M)

僕がその姿を見つけるたびに彼女は身をかわし、また道の先に立っては曲がり角の向こうへと消えた。相手は小さな女の子なのに、不思議と彼女に追いつくことは適わなかった。

はあっ……はあっ……!一体どこに……、あっ!

ローズ

わらわはここだ。さあ、中へ。

あ、行っちゃった……。ていうかここ、どこ……?あ、看板がある。
……え!?〝カルチェラタン〟……!?カルチェラタンって、百貨店の、あの!?
ていうかあの子、入ってっちゃったよ……!連れ戻さなきゃ!

嵐(M)

聞いたことがある。僕が生まれる少し前に廃業して、建物を解体する資金もなければ、土地を買い取る人も現れず、未だこの町のどこかにひっそりと佇む廃百貨店があるって。
あんなの、都市伝説の類だと思ってた。まさか本当に実在したなんて……。

立入禁止のテープを跨ぎ、女の子が消えた通用口から廃墟の内部に侵入する。
中は薄暗かったけど、思いのほか小綺麗だった。それどころかなんだか辺りが、ざわついているような気もする。寂しげに、まっすぐに続く廊下。
その向こうに不意に現れた人影に、僕はびくりと身構えた。

人形師

……そなたがローズヒップの見出した新たなる仔兎か。

……は?ローズヒップ?それに、仔兎って一体……。

嵐(M)

その人が男なのか女なのか、声からも容姿からも判別がつかなかった。ただ僕は、そら恐ろしいまでの虚無を、その人の内から感じていた。どこまでも広がる、底なしの虚無。その人の背後に、あの小さな女の子がいることに、僕はようやく気がついた。

あ……きみは、さっきの……。

人形師

ローズヒップ・ジンジャー。この子の名だ。可愛く哀れな我が子よ。

……。えーっと……よくわからないけど、とにかく保護者の方と一緒だったんだね。ならいいんだ。なんでこんなところにいるのか知らないけど、それじゃあ僕は行くから——、

ローズ

──雲雀の子を助けた仔兎は、鳥の王より宝珠を賜る。

え?

ローズ

人の子は雲雀。此度の仔兎はお前だ。
そしてわらわは鳥の王の命により、宝珠の意志に従う傀儡くぐつ
お前は貝の火に選ばれた。

あの……何の話だかさっぱり……。

人形師

ローズヒップが見出したのだ。貝の火の意志に狂いはない。
こちらへおいで、幼き者よ。

す……すみません!僕、本当にもう帰りますから……!

ローズ

(被せて)過去の過ちにより失われた光、取り戻したくはないか?〝雀の子〟よ。

!!、その言葉……なんで、きみが……。

ローズ

〝不毛の地を耕し実りをもたらせ。さすれば光はすべての子らに還る〟
さあ、わらわたちと共に来るのだ。

……。

嵐(M)

彼女は僕を〝雀の子〟と呼んだ。彼女ははじめから、その事実を知っていた。僕が彼らと共にその階段を下ってしまったのは、だからだったのかもしれない。
彼らが足を止めたのは、地上より一層薄暗い地下二階。かつてのゴミ処理場らしき場所を抜けた先、ぽつねんと明かりの灯る一つの部屋。〝用度室〟の札がかかったその扉の中へ、僕は通された。中は雑然としていて埃っぽく、作りかけの人形らしきものがそこかしこにずらりと並んでいた。気味が悪いし空気はよどみ、とても長居はできそうにない場所だ。

人形師

立ち話、というのも何だ。そこの椅子にかけるがよい。
久しい客人故、少々埃にまみれておるかもしれぬが、足休めにはなるだろう。

あ、はい。失礼、します。………えっと……。

人形師

幼き者よ。早速だが、ローズヒップをそなたに託そう。

え……えぇっ!?ローズヒップって、その子のことですよね。だ、駄目ですよ!僕にはそんな趣味ないし、それにその子を養育するような金銭的余裕もうちには……!

人形師

……何をたがえておるのか知らぬが、この子の体をよく見るがよい。
ローズヒップ、幼き者の近くへ寄れ。

ローズ

御意。

ちょ……!ローズヒップちゃん!?あんまりこっちに来ちゃ駄目だってば!そこの保護者の人も、僕にはそういう変な趣味はないって言ってるでしょ……!
そりゃ、この子のあとをつけてきちゃったりしたけど!

ローズ

(被せて)落ち着け、雀の子。何やら倒錯的な思い違いをしているようだが、あの者は下賤な目でわらわを見よと言っているのではない。心を鎮めて、わらわに目を凝らせ。

……。(おそるおそるローズを観察する)
……え?、あれ?この子……もしかして人間そっくりに作られた、ただの人形……?

ローズ

左様。わらわは人形だ。あの者に造られた、な。

!!、まさか……!どうして人形が動いて、喋ってるんだよ!
あ、そうか、操り人形?……にしては、どこにも糸が見当たらないし、自動人形にしては動きが複雑すぎる。どう見たって自分の意志で動いてるようにしか……!
──ああそうか、僕はきっとおかしな夢でも見てるんだ。じゃなきゃ、今日一日でこんな妙なことが立て続けに起こるわけが……!

人形師

(被せて)申し遅れた。私は廃百貨店・カルチェラタンにて、人形師と呼ばれている者。
ここで人形たちを世話することが、私の全てだ。

あなたには、こんなふうに動く人形が作れるっていうの……?

人形師

ローズヒップは特別だ。この子はカルチェラタンでも唯一の〝生き人形〟──貝の火を核とし、その力と意志で、無機質な肉体に息吹を宿した人形だ。

貝の火……?あなたたちがさっきから言ってる貝の火って、一体何なんですか?

ローズ

雀の子よ。もう一度、わらわの右目によく目を凝らしてみよ。

右目?……ぁ……、

嵐(M)

はじめてそれを見た時、不思議な懐かしさと愛おしさを感じたのを、今でもはっきりと覚えている。僕はずっと前から、この色を知っていたような──。赤や黄色のほのおを上げて、彼女の右目はせわしく燃え、同時に冷たく美しく澄んでいた。美しい火がちらりちらりと、右目の底で燃えていた。僕はひと目でその美しさに魅了された。いつまでもこの美しいものを見つめていたいという衝動的な感情に、背筋を冷たいものが走った。

人形師

それが、貝の火だ。

これは……何ですか。

人形師

とある者の罪の心よりでし焔が、宝珠として形を成したもの。生なき人形に息吹を吹き込むほどの力を秘め、それを手にした者が不毛の地を耕せば、いずれは実り、その者に光をもたらす。そしてそなたはその貝の火に、此度のあるじとして選ばれた。

?、僕が……?どうして?

人形師

そなたは〝善きこと〟をした。雲雀の子を助けたのであろう?

雲雀の子……?もしかして、さっきボールを追って道路に飛び出そうとしたあの子のこと?〝善きこと〟なんて、そんな大袈裟な……。

ローズ

だが、貝の火の意志はわらわをお前の元へ呼び寄せた。貝の火はお前を主として認めたのだ。光を実らせることのできる才を秘めた者として。

……。

人形師

だが無論、光を実らせることはそう容易ではない。数多の者たちが貝の火の主となり、そして様々な形で貝の火を手放していった。力を畏怖し自ら去っていく者、力に驕り破滅する者、その魔力に惹き込まれ自我を失う者、そして志半ばにして命を落とす者。

え……、

人形師

貝の火を最後まで満足に持ち続けられた者は、今に至るまで一人もいない。実りを結んだことも未だない。本当に善き、強き心を持つ者だけに、光は授けられるのだ。

……だったらこれを持ち続けることは僕には無理です。だって僕にはなんにもないから。道路に飛び出そうとした子を助けたのだって、ほんの偶然に過ぎないし……それに、いつだって他の人のことを気遣うふりして、本当は自分のことばっかりなんですよ、僕って。僕の頭の中は、いつもたった一人のある人のことでいっぱいなんです。
僕のすることは全部、〝偽善〟だから──だからその美しい火は僕には育てられません。見ているだけで十分です。せっかく選んでくれたのに、ごめんなさい。
それじゃあ僕、もう行きますから——、(立ち上がる)

人形師

──正攻法とは言えないが、もう一つだけ、貝の火の力を使う方法がある。

……?(足を止める)

人形師

貝の火とは人の罪の心より生まれしもの。光を実らせれば輝き、その役割を静かに終えるが、罰を実らせれば罪は脆くも砕け散るのだ。だが、今は──、

!!、ちょ、それナイフ!?その子に一体何を……!やめ、

人形師

ふ……っ!(ナイフをローズの右目に突き立てる)

ッ!!、……なっ……!
一体何考えてるんだよ!いくら人形だからって、ナイフで目を突き刺すなん、て……。
……え?どこも壊れてない……!?

人形師

この通り、貝の火は物理的などんな力を使っても、壊すことはできない。

きみ、何ともないの!?

ローズ

ああ。疑うならば、わらわの右目を見てみよ。

……本当だ。あんなに思い切り振りきったのに、傷一つついてない。
それどころか、さっきよりずっと激しく燃えてる……。

人形師

罪を砕くことができるのは、罰のみなのだ。そして砕け散る時、貝の火の秘めし力は内より解き放たれるであろう。代償として幼き者、そなたは罰を受けることとなる。
罰と引き換えに、光を得る——それがもう一つの方法だ。

……、いけないことを、たくさんしろってことですか。

人形師

善き心ではなくとも、不毛の地は耕せる。悪しき心も、人の持つ底知れぬ力だ。

……。

ローズ

躊躇うか、雀の子よ。だがお前は確かに貝の火に選ばれたのだ。いかなる形であれこれを実らせることができれば、光は必ずやお前の元に還るだろう。

光は……還る……。

ローズ

そうだ。

……ねえ、ローズヒップちゃん。きみはさっきから僕のことを〝雀の子〟って言ってるよね。光は還るって……もしかして父さんの目のことを言ってるの?
貝の火の力を使えば、父さんの目を元に戻すことができるの?

ローズ

わらわは貝の火の意志に従うだけの傀儡。貝の火をこの身に宿すわらわにすら、その囁きの意図をかいせぬこともある。〝雀の子〟の意味するところもわらわは知らぬ。だが、貝の火の力をもってすれば、お前の求めるどんな光も得ることが叶うだろう。

どんな光も……。

ローズ

貝の火を手にするも拒むもお前次第。決断を下すのは、お前自身だ。

父さんの目を、元に戻せる……。

人形師

さあ、答えを述べよ。貝の火の呼び声に答えられるのは、一度きりだ。

──やります。僕が罰を受けることで、父さんに光を取り戻せるなら。……いえ、父さんから光を奪ってしまったのは、僕だから……僕にはその罰を受ける義務がある。なんにも持ってない僕なんかが貝の火に選ばれたのも、きっとそういうことなんだ。

人形師

茨の道——光ではなく、罰を実らせることを選ぶのだね。

はい。

人形師

では先へ導こう、幼き者よ。不毛の地とは、ここカルチェラタンのこと。貝の火に実りをもたらすならば、そなたはこの場所に、闘技者として迎えられることとなる。

闘技者?

人形師

そうだ。カルチェラタンでは貝の火を巡って、日々闘技者たちが争い合っている。無論、そなたが既に貝の火を手中に収めていることは、他の誰も知る由もない。
そなたも闘技者となり、この場所で闘いの日々を送るのだ。

闘う……?そんな、僕には闘う力なんて何も……!

人形師

案ずることはない。ローズヒップはこの私が、貝の火に選ばれた者の力となるようにと作った子だ。この子がそなたの、闘う力となってくれることだろう。

こんな小さな女の子が……?

人形師

ローズヒップの力はすぐにそなたも知ることとなるだろう。
そして、不毛な争いに満ちたこの場所で、罰を実らせるためには何をすればよいか──それは私が口にするまでもあるまい。

……。

人形師

闘技者となるためには、少々の行程を要する。廃百貨店・カルチェラタンの管理人から、闘技者としての名を授かるのだ。ローズヒップが案内しよう。管理人との唯一のくさびとなる者の元へ。ここでは〝守衛〟と呼ばれているが……あとのことは、全て彼が手配してくれる。

……わかりました。

人形師

ローズヒップ。幼き者を、守衛の元へ。

ローズ

御意。

嵐(M)

こうして僕は〝旅人〟として、カルチェラタンの闘技者となった。そう、はじめから貝の火は、僕の手の内にあったんだ。そうしていつか罰を受けるために、たくさんの人を傷つけ続ける。それで父さんに光を取り戻すことができるなら、何も怖くなんかない。
他の人たちの求める光を踏みにじることだって、例えその相手が千景ちかげくん、きみだったとしても、僕はやらなくちゃいけないんだ。それが僕の、全てだから。
僕が生きる、理由だから──。

ローズ

旅人よ。新たなその名を得て、お前は確かに闘技者となった。お前はわらわの主。わらわは貝の火の意志として、旅人の手となり足となろう。何なりと申し付けよ。

……それじゃあさ、ローズヒップちゃん。早速なんだけど、一ついいかな。

ローズ

なんだ?

名乗るのが、随分遅れちゃったね。僕、桜庭嵐さくらばあらしっていうんだ。
えーっと……あのさ。ローズヒップちゃんさえよければ、なんだけど……僕のこと、コードネームの〝旅人〟じゃなくて、〝嵐〟って呼んでくれないかな。

ローズ

え?

その代わり、と言っちゃ何だけど、僕もきみのこと〝ローズ〟って呼んでもいい?

ローズ

……!

あっ、嫌なら別にいいんだ!せっかくパートナーになるんだから、コードネームじゃなんか寂しいなって思っただけで……!おかしなこと言っちゃったよね、ごめん……。

ローズ

(小声で)お前のような主ははじめてだ。

へ?

ローズ

……いいだろう。わらわはお前のことを〝旅人〟ではなく〝嵐〟と呼ぶ。
だからお前もわらわのことを、好きに呼べばいい。

……!、よかった、ありがとう!改めて、これからよろしくね、ローズ。

ローズ

!!、ああ……よろしく頼む。……嵐。

to be continued.