カルチェラタン

第五話 決闘、地下闘技場

企画:Familiar Company
作者:饗庭璃奈子(あいばりなこ)
比率:♂3♀3
時間:約30分

廃百貨店・カルチェラタン。
謎に包まれた〝貝の火〟を巡り、闘技者たちは人知れず、日々カルチェラタンで抗争をする。光を求めて闘い続ける、透明な子供たちの行く末は──。

《これまでのあらすじ》
桜庭嵐、コードネーム・旅人。自らは武器を持たず、戦略と生き人形だけを武器としてきた彼も、敗北の体験からついにナイフ・スピカを手にした。父親のため、彼は闘い続ける。武器を持て余す嵐の元に、今日は顔馴染みの彼らがやってきた様子。

※Skype上での声劇・ニコニコ生放送などで、ご自由にお使い下さい。
※企画などでご使用になる場合は、まずはご連絡下さい。

桜庭 嵐さくらば あらし
コードネーム:旅人。女性演者推奨。カルチェラタンの闘技者の一人で中学三年生。小柄で身体能力も低いが、最強の人形とうたわれるローズの主であり、カルチェラタンで畏怖されている。ナイフ〝スピカ〟を手に入れたことにより、ついに自らも闘う力を得る。
ローズヒップ・ジンジャー
まるで本物の人間のように精巧に作られており、自分の意思で喋り、動きもするが、人形である。嵐を主として付き従い、なんだかんだで嵐のことを慕っている。容姿は幼いが戦闘に特化しており、最強の人形とうたわれる。わりといつもむすっとしている。
君島千景きみしま ちかげ
コードネーム:ユダ。カルチェラタンの闘技者の一人。嵐と同じくらいの年頃。ナイフ使い。頭がよく、身体能力も高い。嵐に固執し、たびたび奇襲を仕掛ける。飄々としていて掴みどころがなく、その行動原理は仲間ですら理解できないことも多いようだ。
猫娘
本名不明。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。嵐と同じくらいの年頃。身体能力は並だが、射撃において彼女の右に出る者はいない。マイペースで、ローズちゃんが大好き。麝香鼠とは犬猿の仲。背が低いのを気にしている。無論、貧乳である。
麝香鼠じゃこうねずみ
本名不明。カルチェラタンの闘技者の一人で、千景のチーム。歳は嵐たちよりちょっとだけ上。猪突猛進型で、いわゆる脳筋。馬鹿。とにかく馬鹿。しかし身体能力と動体視力はずば抜けており、肉弾戦ではトップクラスの実力を誇る。猫娘とは犬猿の仲。
司会
廃百貨店・カルチェラタンの管理者側の人間で、地下闘技場で行われる決闘の司会を務める。モブだがよく喋る。こうるせえ。
千景

よー嵐くーん、決闘しない?

嵐(M)

ある日、千景ちかげくんがものすごく軽いノリで、とんでもないことを言ってきた。

は……?なに、今日はいつもみたいにやりに来たわけじゃないの?

ローズ

決闘……?

千景

っあは、やだなあ違うって。今日はちょっとおしゃべりしに来ただけだよ。俺別にそんないつも嵐くんとやることばっか考えてるわけじゃないしィ。あはははははは!

嵐・ローズ(M)

どの口がそれを言うか……!

千景

なんかさあ、最近カルチェラタンで流行ってるらしいんだよねー、決闘。ほら、ここの一番地下に劇場の跡地があんじゃん?あそこを闘技場に、チーム戦じゃなくて一対一でやり合うの。俺も一度やってみたくってさー。せっかくだから嵐くん、一緒にどうかなって。

決闘って、そんな軽いノリで申し込むものだったっけ……。

ローズ

……くだらん。

千景

あ、ちなみにお帳場客もたくさん押しかけて賭け事みたいなことしてくらしいから、俺らにもおこぼれ入ってくるし、儲け話としてもなかなか美味しい話だと思うよ……。

金銭目当て!?

ローズ

(ため息)……わらわはもう知らん。嵐、適当に話をつけておけ。

あ、うん。(苦笑)

千景

ま、金なんてのはあくまで副産物だけどさー。
どう?嵐くん。試しに俺とタイマン張ってみない?勿論、嵐くんの戦闘手段はその人形だから、嵐くんとその子はセットってことで、俺からも主催に言っとくからさ。

……。別に、いいけど。

千景

よっしゃ、決まり!嵐くん、大体いつもこの時間にはカルチェラタンにいるでしょ?俺、適当に予約取っとくからさ、日時決まったらまた伝えにくるよー。

わかった。

千景

それじゃあまたね、嵐くん♪決闘、楽しみにしてるよ。

う、うん。またね……。

猫娘

──な!チビな上に貧乳ですってぇぇぇ!?

麝香鼠

貧乳に貧乳言ってなにがわりーんだよ。現実見ろって、幼・女・体・型。

猫娘

デリカシーがない!最ッ低!脳筋!

麝香鼠

なんとでもォー。貧乳にグッサリ来てるネコに何言われても、痛くも痒くもないね。

猫娘

〜〜〜〜〜っ!撃つ!

麝香鼠

おわっ、ちょっとタンマ!おま、さすがにソレはなしだって!

千景

ほらお前ら、いつまでもじゃれ合ってないで行くよー。用は済んだからさ。
早速闘技場の予約取りに行かなくっちゃ。

猫娘

(同時に)はーい。

麝香鼠

(同時に)へーい。

麝香鼠

ふいーっ、助かった……。

猫娘

ネズミぃ〜?この件についてはあとで必ず!決着つけさせてもらいますからね〜……。

麝香鼠

は!?いや、ほんとマジ、お前に撃たれるのだけは勘弁!俺が悪かったって!悪うござんした!土下座でも何でもするから、ほんと許して!いや許して下さい、神様仏様猫娘様!

猫娘

問答無用!

麝香鼠

ネコォ〜ッ、俺たち仲間だろォ!?そういうのよくないと思うな〜、いやほんと!
なあ千景、お前も何とか言ってやってくれよォ!

千景

あはははははは!

麝香鼠

マジで笑い事じゃねえんだって!千景ぇっ!

◆千景・猫娘・麝香鼠、去る。

麝香鼠じゃこうねずみさんと猫娘も、毎度毎度よく飽きないよね……。

ローズ

あいつらが来ると、うるさくて適わん。
昨今の若い衆というのは、もう少し静かにしていられないものなのか?
耳障りで仕方がない。

あはははは……。

嵐(M)

僕が星屋さんの元でナイフ〝スピカ〟を手に入れてから、おおよそ一週間。僕は未だにスピカを実戦に持ち出したことはない。星屋ほしやさんもああ見えて口が堅い人みたいで、〝人形使いの旅人〟が武器を持った、なんて噂も立ってない。僕が闘う力を手に入れたことを知っているのは、ここカルチェラタンで現状、僕と、ローズと、星屋さんだけだ。

ローズ

ふん、決闘か。金持ちの道楽に付き合わされるとは、ユダも随分くだらん話を持ちかけてきたものだな。……嵐。例のあれは、使う気か?

うーん……その時になってみないとわかんないや。
闘う力を手に入れたのはいいけど、いざ闘技ってなると大概はローズ一人でどうにかなっちゃうから、なんか未だに力の使いどころがわからないっていうか。

ローズ

……そうか。

でも、そうだね。いつまでもただ持ってるだけじゃ、宝の持ち腐れだ。
せっかく星屋さんが僕のために見繕ってくれたんだもん。今度の決闘は、スピカの初陣にはちょうどいい機会かもしれない。

ローズ

そうだな。だがくれぐれも無茶はするでないぞ、嵐。

わかってるって。ちゃんと考えてるよ。

嵐(M)

と、口ではそんなことを言いながらも、結局何一つ具体的な展望は見出せないまま、決戦の日はやってきた。

(表題)「カルチェラタン 第五話 決闘、地下闘技場」

司会

レディース・アーンド・ジェントルメン!今日はようこそ廃百貨店・カルチェラタンの最下層、地下三階・地下闘技場にまで足をお運び下さいました!
皆様待ちきれないようですから、わたくしなんぞの余計な御託はちょっと小脇に置いといて、早速今回の決闘者をご紹介していきましょう!そう!既にご存じの通り、たった今これからはじまるのは、本日この闘技場最大の見せ場!最高のショーです!

まずは一人目、コードネーム・ユダ!武器はナイフと狡猾なまでのその頭脳!ここカルチェラタンに彗星のように現われ、数多のチームをたった一人で返り討ちにしてきた異端の少年闘技者!今は実力派の二人を従える、チームのリーダーです!
その歳若さを全く感じさせない余裕の態度、どんな時も飄々とした言動で人を惑わし勝利を掴み取ってきた彼!今日は一体どんな闘いを見せてくれるのでしょうか!
そして二人目、コードネーム・旅人!今カルチェラタンで最も注目されている闘技者と言っても過言ではない、なんとこちらも歳若き少年!自らは決して武器を持たず、生き人形ローズヒップ・ジンジャーと戦略だけが彼の武器!ついた異名が〝人形使いの旅人〟!最も貝の火に近いと言われている闘技者、まさしく異端中の異端者です!
何かと話の種に尽きない彼は、本日の決闘相手・ユダのチームとたびたび手を合わせてきました。そう、今日この対決は、双方の因縁に決着をつけ得る闘いでもあるのです!ああ、若き闘志と闘志のぶつかり合い!わたくし胸の高鳴りを抑えきれません!

さあ、カルチェラタンの誇る、異端なる二人の少年闘技者たち!勝利の女神は果たしてどちらに微笑むのでしょうか!?それでは両者、ご入場いただきましょう!どうぞー!

あはは、なんだか随分大袈裟な前口上だったね……。
……って、うわあ!すごい人の数だ!

ローズ

実に騒々しい。金持ちとは総じて、下卑た生き物なのだな。

ローズ……気持ちはわかるけど、抑えて抑えて。仮にもお客さんなんだからさ。
それに、ここに集まってるお金持ちの人たちがちょっと品性に欠けてるってだけで、裕福な人たちみんながみんなああだとは限らないと思うよ。

ローズ

ふん。金持ちというのはどうも鼻についてならん。わらわには理解ができぬ。

ローズはずっとここにいるから、確かにそうかもしれないね。

千景

さっすが嵐くん、有名人だねえ。すっげー観客動員数。

ローズ

!!、ユダ……!

千景くん……。

千景

俺も何度かここの闘技場覗きにきたけど、こんなに人が集まってるのははじめて見たよ。やっぱり嵐くんは他の奴らとはひと味違うよねえ。
貝の火に一番近いって、あながちうそでもないのかも。

あはは……千景くんも十分、有名人だと思うけどね……。

猫娘

やっほー!今日もかわいすぎだよーローズちゃん!
あたしたちも客席から見てるからねー!

麝香鼠

ネコ、お前身を乗り出し過ぎだ!他のお客様のご迷惑だろうが!

猫娘

んもう、固いこと言わないでよ、ネズミ!

麝香鼠

(声をひそめて)あのなあ、周りは普段俺たちに金を落としてってくれてるお帳場客ばっかりなんだぞ!ちったあ気ィ遣え、このバカネコ!(ネコをポカンと殴る)

猫娘

いったぁーい!何もぶつことないじゃない!そんな細かいこと気にしてる場合じゃないのよ、あたしはローズちゃんの勇姿をしっかりこの目に焼き付けなくちゃならないんだから!

麝香鼠

あのなあ……。

って、あの二人も来てるんだ……。

千景

お前らは留守番してろって言ったんだけどね。ネコがあの調子で聞かなくて、ネズミはその付き添い。ネコはどうもハメを外し過ぎるとこあるから。

ローズ

ああ見えて、あの男は意外と苦労性なのだな……。

うん。猫娘の方がしっかりしてるのかと思ってたけど、そうでもないんだね……。

司会

さて!ここでカルチェラタンにおける決闘のルールを簡単にご説明しておきましょう!勝利の条件はいくつか用意されております!相手を再起不能にするか、負けを認めさせるか、或いは殺すか!この三つのうちのいずれかを満たせば、その闘技者の勝利!
そしてもう一つ!この決闘の勝者には、カルチェラタン管理人より特別な特典が与えられます!それは、〝敗者に一つ命令を下せる〟権利!勿論相手を殺してしまった場合、この特典はなくなりますが……どんな命令を下すのかも、この決闘の見どころですね!

千景

……クスッ。

!!

嵐(M)

……なるほど。千景くん、これが狙いか。
明確な勝利の条件が提示され、しかも大勢の観客がいるこの状況で、カルチェラタン管理人によるじきじきの命に、僕ら闘技者は決して逆らえない。
この特典を使って、僕が持ってる貝の火の情報を吐かせようって魂胆だろう。

……この決闘にこんな特典があるなんて、初耳だよ。千景くん。

千景

あっれー?言ってなかったっけ?ごめんごめん。でも大した問題じゃないでしょ?
嵐くんが勝っちゃえば、俺に命令下せるんだからさ。

こんな美味しい特典があるって最初から知ってれば、千景くんにどんな命令を下すか、じっくり考えておけたんだけどなあ。残念だよ。

千景

っあは、言うねえ、嵐くん。

司会

なんだなんだぁ!?既に両者、互いに言葉による抑圧をはじめている!これだけでもかなりの迫力だ!もっと見ていたいところですが、残念!闘いのゴングは待ってはくれない!

ローズ

ユダめ……!姑息な手を使いおって。

大丈夫だよ、ローズ。今までローズ一人でも、千景くんたち三人を退けてきたんだ。だけど今、千景くんは一人。そして僕にも、いざとなったら闘う手段がある。

ローズ

……使うつもりなのだな。あれを。

そのタイミングがあればね。やるよ。

千景

お二人さーん?何こそこそやってるのか知らないけど、そろそろはじまるみたいだよー?

嵐・ローズ

!!

司会

審判の準備が整ったようです!そして闘技者二名、こちらも既に準備は万端!それでは早速、はじめていきましょう!闘技、スタートォ!

◆SE:ゴング

千景

悪いけど、今日は遠慮しないで本気で勝ちにいくよ、嵐くん!(ローズに向かって突進)

司会

おっと!先に仕掛けたのは、ユダだぁーーーっ!

ローズ!

ローズ

御意。どこからでもかかってくるがよい、ユダ!

千景

そんじゃ、お言葉に甘えて♪そらよォっ!(ナイフで攻撃)

ローズ

んっ!(白刃取り)

司会

おおっ、さすがは生き人形!わたくしたちにはできないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!なんとユダのナイフを白刃取りです!

千景

っあは!俺のナイフを素手で受け止めるなんて、さっすが人形だねえ!

千景くんの動きを止めた今がチャンスだ!そのまま攻めろ!

ローズ

わらわの力、受けてみよ!はぁっ!(千景を回し投げ)

千景

おっと、危ね!(受け身を取る)相変わらずパワーもすっげーや。
そんじゃ、これはどうかな?ふっ!(乱れ突き)

ローズ

……っ!(避ける)

千景

よっ、と!あれえ、避けるばっかり?(乱れ突き)

ローズ

くそっ……!(避ける)

司会

これはすごい!ユダ、目にも止まらぬ速さでナイフの乱れ突きだあ!しかし一方の生き人形も攻撃を正確にかわしている!ですが旅人側は防戦一方!
これはユダが押しているように見えますね!

猫娘

行っけー、ローズちゃん!千景なんかやっつけちゃえー!

麝香鼠

お前は一体どっちの味方なんだよ……。

猫娘

ローズちゃん!

麝香鼠

即答かよ!

猫娘

かわいいは、正義なのだっ!

麝香鼠

(ため息)

ローズ!焦らず一旦距離を取れ!ローズのスピードならやれるはずだ!

ローズ

承知した!……っ!!(跳び退いて距離を取る)

千景

あーあ、逃げられちゃったか。やっぱり紛い物は速いね、俺ら人間とは桁違いに。

……!(千景を睨む)

千景

やだなあ嵐くん、そんな怖い顔しないでよ。
たかが人形ごときのためにさあ。

ローズ

戯言に惑わされるな、嵐。平静を保たねば、虚を突かれるぞ。それがユダの狙いだ。

……わかってる。

司会

生き人形、そのスピードを活かしてユダの攻撃からうまく逃れ、距離を取りました!
ここから旅人側の反撃がはじまるのかぁーーーっ!?

……っ、ローズ!今度はこっちの番だ!

ローズ

言われずとも!やあぁぁあっ!(千景に向かって突進、攻撃)

千景

っあはは!(ローズの攻撃をナイフで受け止める)

ローズ

な!?わらわのスピードを、正面から……!?

司会

!!、ユダ、生き人形のスピードを、ナイフ一本で受け止めました!
信じがたい!すさまじい動体視力です!

千景

かかったね、お人形さん♪

ローズ

なにッ!?……っあ!

ローズ!

猫娘

あぁーっ!千景のやつ、またローズちゃんを抱き締めてる!む〜〜〜っ、許すまじ!

麝香鼠

だからお前はどっちの味方なんだと……。

猫娘

ローズちゃん!

麝香鼠

……もう突っ込まんぞ。

千景

前にも使ったことあったよねえ?この手。同じ手に二度も引っかかるなんて、人形ってのも案外大したことないね?お前の最大の武器は、人間の能力を遥かに超えた〝加速〟にある。つまり、こうして動きを封じちゃえば、ごくふつうの女の子と変わりないってわけだ♪

ローズ

っ……、離せ!気色の悪い裏切り者め……!

千景

だからぁ、離せって言われて離す馬鹿はいないんだって。今度はその首、切り落としてあげようか?(ナイフをローズの首に宛てがう)

ローズ

くっ……!舐めおって……!

……!!

千景

さあ、どう出る?嵐くん。言っとくけど俺は、前みたいにその場の気分だけでこの子を解放する気はないよ。今日は本気で勝ちにきてるからさ。
要するにきみがどうにかしなきゃ、この状況は打破できない。

ローズ

くそっ……!身動きが、取れん……!嵐、〝戦略〟を!嵐の力があれば切り抜けられる!

……。

司会

ああっ、なんということでしょう!生き人形、どうやらユダに弱点を突かれ、完全に動きを封じられた模様です!さすがは幾度となく手を合わせてきたライバル同士、互いの手の内は完全に把握している!これによって、旅人は決定的な攻撃手段を失ってしまった!
どうする旅人、まさかここで負けてしまうのかぁーーーっ!?

……。

千景

っあは、急に黙り込んじゃってどうしたの?困っちゃって手も足も出ないのかな?

ローズ

!!、嵐……?

嵐(M)

千景くんは大きな過ちを犯していた。この時点で、僕の異変に気づくべきだったんだ。
勿論僕は、途方に暮れて黙り込んでいたわけじゃない。
そう、この瞬間、僕の世界は急速に色と音を失っていた。僕と千景くんとローズだけの世界。その静寂の中を、千景くんに向かってゆっくりと歩み寄る。
自分の呼吸と鼓動の音が、うるさい。

司会

旅人、丸腰のままユダに歩み寄っていく!しかし彼自身の身体能力は並以下のはず!
一体何をするつもりなのでしょうか!?

千景

あっれー?もしかして嵐くん、大事な人形を人質に取られて血迷っちゃった?
丸腰で俺に適うわけないって、知ってるよ、ね……、

◆嵐、スピカの刃を千景の喉に素早く宛てがう。

猫娘・麝香鼠

!?

猫娘

え、どうなってるの!?旅人くんが、武器を持ってる……!?
彼は自ら武器を持たないはずじゃ……!

司会

な、なんとぉーーーっ!?〝人形使いの旅人〟がナイフを取り出したぁ!彼の武器は戦略と人形のみだったはず!これは一体どういうことなのかぁーーーっ!?

ローズに手を出すな。

千景

嵐、くん……。

ローズ

嵐……!わらわは何ともない、ただ捕らえられただけだ!冷静になれ、嵐。……嵐!

……。

◆長い沈黙。

千景

──えーっと……嵐くん?嵐くーん?俺だよー。きみの裏切り者、君島千景きみしまちかげだよー。……駄目だ、聞こえてない。完全にキレちゃってるみたいだね。
っあは、これはちょっと、マジでやばいかも。

──渡さない。他の誰にも、貝の火は絶対に!(ナイフを押し込む)

千景

ぐっ……!(嵐の手を捕らえる)っあは、危な……!ちょっと嵐くんの手を捕まえるのが遅かったら、俺、喉笛かっ切られて死んでたかもね。

猫娘・麝香鼠

千景!

千景

おっと!お前らはまだ動くなよー。ちょっと俺に策があるから。

猫娘

策……?一体、何をするつもり……?

千景

(ローズに囁く)……お人形さん、俺のいうことなんか聞くの嫌だろうけど、きみを捕まえてるこの腕を離すから、そっと俺から離れてくれる?今の嵐くん、完全に我を失っちゃってる。このままじゃきみのあるじが人殺しになっちゃうよ。そんなのきみも嫌でしょ?

ローズ

……御意。(そっと千景から離れる)

千景

ありがと、助かるよ。(自分のナイフをその場に落とす)

司会

な……なんと!絶体絶命のこの状況で、ユダ、ナイフを手放したぁーっ!

猫娘

え……!?

麝香鼠

あいつ、何考えてやがる……!

千景

……おーい、嵐くん?聞こえてる?きみの大事なお人形さんならちゃんと解放したし、武器も捨てたよ。今の俺は丸腰。だからこのナイフ、どかしてくれるかな?

はぁっ……はぁっ……!(我を失っている)

司会

ユダ、自ら丸腰となり、旅人の説得に入った模様です!こんな決闘は見たことがない!
この勝負、一体どうなってしまうのかっ!?

猫娘

あんな賭けみたいな真似が策だっていうの?千景……!

麝香鼠

……。

千景

まだ俺の声が聞こえない?嵐くん。
……目的のために、きみはそんなに簡単に人殺しになっちゃうの?そこまでして貝の火の光を得て、きみの大事な人は本当に喜んでくれると思う?

!!、僕の、大事な人……?

千景

そう。嵐くんの、世界で一番大事な人だよ。きっとその人も、嵐くんのことを世界で一番大事に思ってるだろうね。きみがきみの大事な人のために人殺しになっちゃったことを知ったら、大事に思われてるその人は、一体どんな思いをするだろうね?

……!、千景、くん……?

千景

──よかった。やっと届いたみたいだね、俺の声。

(ナイフを持つ手が震え出す)
千景くん……、僕のナイフが、千景くんの喉を裂いて……っ!

千景

あー、ちょっと落ち着いて?手元が狂うと逆に危ないから。
俺の喉なら大したことないよ、ちょっと切り傷入っただけ。だからそのままそっと、ナイフを押し込んでるその手を引いてくれる?焦らずゆっくりね。

……。(震える手でナイフを引く)

千景

力、抜いたね?それじゃあ手、離すよ?

……っ!(ナイフに付着した血を呆然と見つめる)

千景

いい子だね、嵐くん♪

司会

……な、なんと!旅人にユダの説得が届いた!今、旅人がナイフを引きました!これは一体どういうことなのでしょうか!わたくし、状況を掴みきれておりません!

麝香鼠

おらぁッ!(飛び出して、嵐の脇腹を蹴り飛ばす)

うッ!(倒れる)

ローズ

嵐!

司会

っと、ここでとうとう見兼ねたのか、ユダのチームきっての肉体派・麝香鼠じゃこうねずみが客席から飛び出し、旅人に強烈な一撃を決めるっ!これは痛いっ!
同じくユダのチームの狙撃手、猫娘も舞台に駆け寄っていきます!
しかし麝香鼠の行為は明らかに第三者の介入ですね!本来カルチェラタンでの決闘は一対一で行われなくてはならないもの!果たして審判はどんな判断を下すのか!?
この決闘の行く末はぁーーーっ!?

麝香鼠

千景、早くこいつから離れるぞ!今のこいつは……やべえ!
(千景の腕を引きずって嵐から離れる)

千景

……ナーイスジャッジ、ネズミぃー♪
今のは俺もちょっと、嵐くんの気迫に足すくんじゃって動けなかったし、ナイフについた俺の血を見てまた嵐くんが我を忘れちゃったら、今度こそ止められる自信なかったからさ。
でも、今の一撃でさすがの嵐くんも目ぇ醒めたでしょ。

麝香鼠

安心しろ。あれでまだ目ぇ醒めてなかったら、もう一発ぶん殴ってやるよ……!

千景

いやー、でもびっくりしちゃったよ。まさか嵐くんがナイフなんか隠し持ってるとはね。しかもあれは、俺のアークトゥルスと同じ、星の名を冠するナイフだった。柄に〝SPICAスピカ〟って刻んであるのがはっきり見えたよ。嵐くんもあの人のテストに合格したんだね。
こいつぁいいや、あはははははは!

麝香鼠

笑ってる場合か、馬鹿野郎!無茶しやがって……!
あれであいつが我に返らなかったら、どうするつもりだったんだよ!

千景

んー?あのまま嵐くんに殺されてたんじゃない?

麝香鼠

お前な……!

千景

でも、それできっと嵐くんは我に返ったでしょ。それならそれで、別によかったんだけどね。嵐くんに殺されるなら、本望だしィ?

麝香鼠

……あんたの思考回路、ほんとイカれてるぜ。

猫娘

(舞台の下から見上げて)千景……喉、大丈夫?

千景

ん?ああ、へーきへーき。ちょっとサクッとイっちゃっただけだから。
やばいところまでは全然入ってないし、大丈夫だよ。
それより見てみなよ、アレ。

猫娘

え?、あ……。

ローズ

嵐……!しっかりしろ、嵐!

僕が千景くんを傷つけた……、僕が千景くんを傷つけた!……僕が……!

ローズ

嵐!ユダの傷は大したことはない!ナイフについた血も、ほんのわずかなものだろう?嵐は誰も殺してなどいない……!大丈夫だ!嵐は必ず、わらわが守るから……!

麝香鼠

あ?旅人の奴、どうしちまったんだ?

千景

嵐くんは今まで、攻撃手段の全てを人形に頼りきっていた。はじめて自分の手で人を傷つけちゃったショックが、彼には大きすぎたんでしょ。
ナイフ突きつけられた俺よりも、当の嵐くんの方が大ダメージ。
あの様子じゃ当分、闘技には復帰できないかもね。

猫娘

……、旅人くん……。

司会

出ましたぁーーーっ!今!審判の判断が下されました!麝香鼠の行為は第三者の介入と見なされ、只今を持ちまして、この決闘は無効となりました!

麝香鼠

げ。

司会

よって、勝者が敗者に一つ命令を下せるという権利も両者から剥奪されました!くり返します、この決闘は無効です!
ご安心下さい!賭け金は全てお返しいたします!カルチェラタンの掟に背いたものとして、この決闘は決闘としてのありとあらゆる意義を失いました!
この決闘は無効ですーーー!

千景

あははははっ!やってくれたねえ、ネズミ。

麝香鼠

あ……あのなあ!俺ァあんたを助けるために……!、千景?

猫娘

ちょっと千景、どこ行くつもり……!

千景

あーらしくん♪

!!、千景、くん……。

千景

どうしちゃったの?嵐くんはこの俺に、一杯食わせることができたんだよ?もっと嬉しそうな顔したっていいんじゃないの?なんでそんなに、絶望的な顔してるのかなあ?

ローズ

黙れユダ!余計な口を叩くでない!今の嵐を刺激するな!

千景

うるさいなあ。人形はちょっと黙っててよ。

麝香鼠

おいおい、千景の奴、旅人を煽りに行きやがったぞ……!
あの馬鹿、何考えてやがんだ!

猫娘

……っ、もうやめなよ千景!

千景

ほら見てよ、この傷。嵐くんが俺につけた傷だよ?カルチェラタンで俺にちょっとでも傷つけられる奴なんてそうそういない。もっと誇りなよ、嵐くん。

……ぁ……、っあ……!

ローズ

ユダ!貴様いい加減その口を閉じぬと、わらわの手刀がお前を切り刻んでくれる……!

千景

……っふ、(笑う)

ローズ

!?

千景

……っあは。あははははははは!それにしてもほんと、やるもんだねえ嵐くん!本物のエモノ人に向けて、あの目!俺、ゾクゾクしちゃったよぉ!おとなしそうな顔してると思ってたけど、嵐くん、意外とそっちの才能あるんじゃない?

……!!

麝香鼠

だから笑ってる場合かっつの……!あいつ、あの野郎に殺されかけたんだぞ!?

猫娘

そーだよ千景!ローズちゃんの言う通り、あんたはちょっと口を慎むべきよ!

千景

(被せて)うるさいよお前ら。こんな愉快なことってないよ。嵐くんがこんな才能隠し持ってたなんてさ。嵐くん!勝者に与えられる権利とか、おこぼれを逃しちゃったのは惜しいけど、きみに免じてよしってことにしてあげよう。それじゃ、また遊ぼーね、嵐くん♪

猫娘

あっ、待ってよ千景!すぐに医務室に行かないと……!

◆千景・猫娘、去る。

麝香鼠

──なあ、旅人。俺はあんたって奴がつくづく末恐ろしいよ。
あの時のあんた、〝殺す〟目をしてたぜ。

◆麝香鼠、去る。

……!(ナイフを取り落とす)

ローズ

嵐、大丈夫か!?だから無茶をするなとあれほどっ!……嵐?

……僕が……千景くんを……殺そうとした……?

ローズ

っ……、

嵐(M)

僕の刃が、はじめて人を傷つけた。いや、違う。麝香鼠さんの言う通り、あの時僕は本気で、人を殺そうとしたんだ。よりにもよってその相手が、千景くん、きみだなんて。
今、この闘技場はパニックに陥ってるはずなのに、世界中の音が、遠い。
堕ちていく。世界は暗闇に染まって、やがて何も見えなくなる。真っ暗な世界の中で、貝の火の灯し火だけがあかあかと、未だ僕にしるべを示していた──。

to be continued.